| トピックス 2008.7.30 |
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バーゼルII と銀行経営(中)
信用格付制度におけるPITとTTCの整理と次世代の信用格付制度の展望
― 技術と経験の融合によるTTC的な信用格付制度の確立を目指して ― |
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| 金融インダストリーグループ 八ツ井 博樹 |
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1.はじめに
バーゼルII 内部格付手法の採用を目指して信用格付制度を刷新する金融機関は少なくない。また、最近のスコアリング・モデル開発の急速な進展もこれに大きく寄与している。これにより債務者のデフォルト確率の短期的な予測精度は向上したものの、一方で、長期的な取引を前提とした債務者の信用力評価が困難な状況に陥っているという危惧もある。このような状況の中、次世代の信用格付制度について展望する。
2.金融機関における最近の信用格付制度の整備状況
「バーゼルII や統計学の分かる人材が足りない!」
信用リスク管理担当役員がこう悩んでいる金融機関は今とても多いのではないか。ここ数年の信用リスク管理の高度化により、ますます人材に求めるスキルはレベルが上がっている。かつ、スキルの高い人材が構築したスコアリング・モデルやパラメータ推計プロセスなどは、直接の担当者でない者にとっては理解が非常に難しいものとなっており、従来の人事ローテーションの枠組みでは業務が吸収できない状況となっているケースは少なくない。言い方を換えれば、それだけ地域金融機関を含めた金融機関全体の信用リスク管理レベルが、歴史的に見ても急速に高度化している状況であると評価することもできる。
信用リスク管理の高度化をより加速させた原因の一つは、バーゼルII における内部格付手法の出現であると言える。バーゼルII における信用リスク・アセット額の計算手法の選択肢としては、従来に近い標準的手法のほかに、各金融機関内部の格付制度を活用することを許した内部格付手法も提供されている。内部格付手法の採用は、その最低要件が満たされなければならず、この最低要件を充足させるために多くの金融機関は数年をかけて、内部格付制度の整備および高度化を図ってきた。
例えば、スコアリング・モデルの高度化がある。従前は、プロフェッショナルとしての審査役の豊富な経験から培われたノウハウにより考案されたスコアリング・モデルを用いて財務の評価を行うことが基本であった。最近ではロジスティック・モデルのように、ある程度ランダムに作られた無数の経営指標のうち、統計的にデフォルト事象に対して最も説明力が高い経営指標を採用したスコアリング・モデルにより財務の評価を行う方向に変化している。デフォルト判別能力としては、統計的アプローチにより構築されたスコアリング・モデルの方が、経験的アプローチにより構築されたスコアリング・モデルより良好であることが圧倒的に多い。
3.信用格付制度におけるPITとTTCの整理
統計的アプローチによって構築されたスコアリング・モデルは、概してデフォルト判別力が高いという評価をされているが、このスコアリング・モデルを活用した信用格付制度がPIT(Point in time)的なのかTTC(Through the cycle)的なのかを各金融機関はきちんと整理しなければならない。
まず、図1のとおり、PITでは景気局面の変化にあわせて債務者の格付自体が変化し、格付毎の実績デフォルト率は景気循環を通して一定となる。換言すれば、景気が悪化する局面では、上位格付の債務者数が減少し下位格付の債務者が増加する。また、景気が回復する局面では、上位格付の債務者数が増加し下位格付の債務者数が減少する。これらの景気循環を通して各格付における実績デフォルト率は変化しない。
一方、TTCでは、景気局面の影響は債務者の格付自体には影響させず、格付毎の実績デフォルト率が変化することになる。換言すれば、景気が悪化する局面でも景気が回復する局面でも、格付毎の債務者数は一定となり、格付毎のデフォルト率が景気悪化局面では上昇(悪化)し、景気回復局面では下降(良化)する。
【図1】PITとTTCにおける債務者数およびデフォルト率の変化の概念

出典:内部格付制度の基づく信用リスク管理の高度化(2005年7月)日本銀行を参考に作成
複数の地域金融機関における信用リスク関連データを分析した経験からは、完全なPITまたは完全なTTCという信用格付制度の例はほとんどなく、一般的にはPITとTTCの両方の特性を持っているということが言える。つまり、景気悪化局面では、上位格付の債務者数は減少し下位格付の債務者数は増加するというPIT的な現象が見られると同時に、格付毎のデフォルト率も上昇するというTTC的な現象も見られる。また、景気改善局面では、この反対の現象が見られる。
4.長期与信の企業審査には向かない信用格付
完全なPIT格付や完全なTTC格付を両極として、個別金融機関の信用格付制度がどちらに近いのかを表現するときに、ここでは「PIT的」または「TTC的」といった具合に語尾に「的」を付けて表現することとする。
反論を覚悟のうえで極論すれば、統計的アプローチにより構築されたスコアリング・モデルを用いて設計されている最近の信用格付制度は、TTC的であるよりはむしろPIT的であると考えられる。その大きな理由は、スコアリング・モデル構築時のデータの観測期間が1年間(または13カ月等)としているケースが多いからである。もちろん、バーゼルII が求めている信用格付制度がPIT的なものであるというわけではない。告示*1 188条における格付の評価期間に関する要件を満たすためには、PIT的というよりはむしろTTC的な信用格付制度が求められている。しかし、保有データによる制限や技術的な制約などにより、TTC的なスコアリング・モデルの構築は難しく、実態としてはPIT的なスコアリング・モデルの構築が主流になっているようである。
1年間という観測期間を前提に構築されたスコアリング・モデルは、1年以内にデフォルトするかどうかを見分ける能力はあるが、景気の一循環など長期間にわたってデフォルトするかどうかを見分ける能力があるとは限らない。TTC的なスコアリング・モデルを開発しようとすれば、観測期間は1年間ではなく、より長期間とするのが自然である。
図2では、PIT的な信用格付制度とTTC的な信用格付制度の主な相違点を整理してみた。PIT的な信用格付制度は、債務者の短期的な信用力の判断に用いることは優れているが、長期的な判断には必ずしも優れているとは限らない。したがって、与信供与の審査においても、短期与信でなく長期与信の審査時にこれを用いることについては注意を要する。
| *1 |
銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準 |
【図2】PITとTTCの整理の例

5.PD推計についての課題
また、バーゼルII 内部格付手法で定義されているPD(Probability of default)は、期間が「1年」のデフォルト確率であることから、多くの金融機関は1年間のPD推計に相当の力を注いでいる。しかし、実際の与信商品に合わせ3年間、5年間など長期の累積デフォルト率については推計していない金融機関も少なくない。
図3はこの状況を図示したものであるが、この図における1年の実績デフォルト率は基準日のx件を分母にし、a件を分子にして計算できる。過去数年間にわたるデータからこのようなxとaという対(つい)に当たる件数をカウントし、平均値や標準偏差などを用いて将来1年間のデフォルト率を予測したものがPD推計値である。ただし、例えば期間5年の証書貸付を審査したい場合に、1年のPDは分かっていても、そのPDが5年間同じ水準で継続するものではない。
【図3】デフォルト・カウント方法と条件付限界デフォルト率の整理

基準日時点の信用格付が高い(デフォルト率は低い)場合には、2年後、3年後と時間が経過するごとに、条件付限界デフォルト率*2 は上昇する傾向があり、反対に基準日時点の信用格付が低い(デフォルト率は高い)場合には、2年後、3年後と時間が経過するごとに、条件付限界デフォルト率は下降する傾向がある。長期与信に対するプライシングには、長期累積ベースのPDを基本として作られたスプレッドを乗せることが望ましいことは容易に理解できるが、長期累積ベースでの実績デフォルト率をもって、将来のPD推計値を計算するためには、それなりに長い年月にわたるデータを保有していなければならない。
| *2 |
例えば、3年後の条件付限界デフォルト率は、基準日における債務者数から3年以内にデフォルトした債務者数を除き、3年後に非デフォルト状態であった債務者を分母にして、その後さらに1年以内にデフォルトした債務者数を分子としたデフォルト率をいう。 |
6.次世代の信用格付制度の展望
ここまで見てきたように、多くの金融機関にとってバーゼルII 対応の努力から獲得できたものは、PIT的な信用格付制度と期間1年に限定されたPD推計値であるという可能性は高い。もちろん、PIT的な信用格付制度や1年間のPDが全く意味の無いものであるわけでもない。むしろ、TTC的な信用格付制度を構築するためには、その通過地点としてPIT的な信用格付制度の構築が必要条件であるとも考えられる。
金融機関の与信業務の中では、期間1年以内の与信商品ばかりではなく、長期の与信商品も取り扱っていることを鑑みると、次世代の信用格付制度では、一つの債務者に対してPIT的な「短期格付」とTTC的な「長期格付」の両方を付与することが業務的にも望ましいと考えられる。両者は必ずしも1対1対応するものではなく、債務者の属する業暦、業種または規模などに応じて、多様な対応関係が存在するものと考えられる。バーゼルII の内部格付手法では、一つの債務者に対して複数の債務者格付を付与してはならないこととなっているが、告示204条でいう格付の利用において、この運用方法や理由を記載することによりカバーできるものと考えられる。
もう一つTTC的な信用格付制度の構築で課題となる点は、何を説明変数にすれば良いのかである。前述のとおり、現段階でのスコアリング・モデル構築における観測期間が1年が主流となっているのも、端的に言えば企業の決算書情報からデフォルト事象を判別するのには評価期間は1年程度が限界であり、例えばある基準日における決算書情報から5年後のデフォルト事象を判別することができるかというと、かなり困難なものとなっているからである。
したがって、TTC的なスコアリング・モデルおよび信用格付制度を構築するためには、決算書情報だけではなく、例えば長期的な視野に立った経営能力、技術力または競争環境などの定性的な情報により捕足することが重要であることと、信用供与後の金融機関とのリレーションシップがより重要になることが考えられる。気が付けばこれらは、一度はほとんど捨て去られてしまった経験的アプローチによる審査の目線である。
バーゼルII の内部格付手法への対応と統計的アプローチによるスコアリング・モデルの導入により、金融機関の信用リスク管理能力が著しく向上した事実には全く疑いがない。TTC的な信用格付制度への対応は、新しい考え方や技術から生まれたものに対して、金融機関が古くから培ってきた経験やノウハウを大胆に融合させることにより実現できるものと考えられる。
「経験豊富なベテラン審査役が足りない!」
信用リスク管理担当役員がこう嘆く日が来るのも遠い将来ではないかもしれない。
本稿に記載された事項は筆者の私見であり、所属する法人の公式見解ではないことをお断りしておきます。 |
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| 以上 |
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『週間金融財政事情』 2008年5月19日号に掲載したものに一部加筆した。
参考図書:『バーゼルII 対応のすべて』 金融財政事情研究会 |
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