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知的財産マネジメント
トピックス 2008.1.23
職務発明対価訴訟の動向調査
知的財産グループ 觜本 紘規
【はじめに】
ここ数年来の敵対的買収を巡る訴訟や製品不良事故等による巨額の損害賠償請求を巡る訴訟、知的財産権に関する訴訟等、企業を取り巻くリーガルリスクは高まるばかりと言えよう。ここで注意すべきことは、企業内部に密かに根を張っているようなタイプの訴訟に対して注意しなければならないということである。そのような訴訟の1つとして、職務発明対価訴訟が挙げられる。日亜化学の青色LEDに関する訴訟では、東京地裁から200億円の支払いを命ずる判決が出され、その支払額の大きさから企業内部に潜んでいる職務発明対価についてのリスクをコントロールする必要性を感じられた企業も多いのではないだろうか。しかし、その後周知の通り、特許法改正により将来に向けた一定の紛争予防スキームの構築や職務発明に関する各判決での法律的判断が明らかになってきたことにより、一段落した感もある。
そこで、本稿では、職務発明対価訴訟の提訴数および判決の動向を分析することからスタートし、特許法改正後の職務発明制度を巡る企業の取組状況から、現在企業が抱える職務発明制度に関する問題点を掘り起こし、その問題点に対する対策を論じたいと思う。
なお、本稿での意見に関する部分は私見である。

【職務発明対価に関する訴訟の動向】
<提訴数の動向>
職務発明対価に関する提訴数のデータは、残念ながら知的財産高等裁判所からも特許庁からも開示されていない。知的財産高等裁判所から公開されている職務発明対価に関する訴訟データは判決が出た訴訟のみであり、判決が出ていない訴訟に関しては未公開である。そこで、本稿では、職務発明対価に関する訴訟の平均審理期間が2年程度であることから、判決が出ていない訴訟が多く潜在すると考えられる平成17年および平成18年の提訴数について、以下の計算を実施することで、整合性を取ることとした。したがって、下表の数字について、平成17年および平成18年は筆者の推測値であることにご留意頂きたい。

図表1 平成17年および平成18年の提訴数の推定
  判決が出た訴訟 経過月数 1カ月当り提訴数 平均審理期間 推定提訴数
計算式 A B C=A÷B D E=C×D
平成17年提訴分 7件 23カ月 0.304件/月 24カ月 7.3件
平成18年提訴分 3件 11カ月 0.273件/月 24カ月 6.5件

平成10年から平成18年までに提訴された職務発明対価に関する訴訟数を見ると、急激に増加している年が2つある。1つは平成14年であり、もう1つは平成16年である。
平成14年の提訴数については、オリンパス光学工業の控訴審判決が前年の平成13年5月22日に出されていることが影響していると考えられる。なぜならば、この事件は企業が勤務規則等に定められた額を職務発明に対する報奨金として支払ったとしても、裁判所が「相当の対価」に満たないと判断した場合には不足分を支払わなければならないことを示した初めての事例であり、この事件を契機として研究者が職務発明訴訟に対して真剣に考えるようになった結果、翌年の平成14年に職務発明対価訴訟の件数が増加したのではないかと推測されるからである。
平成16年の提訴数については、平成10年から平成18年において提訴数が最も多い年であった。これは、平成16年1月からわずか1カ月足らずの間に、日亜化学の青色LEDに関する訴訟(200億円 *1)、日立製作所の光ディスクに関する訴訟(1億2,800万円 *2)、味の素の人工甘味料に関する訴訟(1億8,935万円 *3)と相次いで企業に対して巨額の職務発明に対する「相当の対価」の支払いを命じる判決が出たことで、それまで不満を抱いていた研究者が一気に訴訟を起こしたのではないかと推測される。なお、蛇足ではあるが、日立製作所の訴訟では外国特許に基づき獲得する利益も「相当の対価」の算定の基礎とされるとの判断が初めて出された。
一方、平成17年および平成18年の提訴数については冒頭記述した調整を行った結果、年7件程度になるとの仮定を置いた。このことから不確実な要素は多分に存在するが、平成10年から18年の間において平成17年と平成18年の提訴数は高い水準にあるものの、平成16年の提訴数と比較すると増加傾向に歯止めがかかってきたのではないかとも推測される。そのように考える理由は、平成17年4月の特許法改正に伴い、企業の職務発明制度に対する取り組みに変化があったと考えるからである。なお、企業の職務発明制度に対する取組状況は次項で述べるものとする。

*1 その後、8億4,391万円で和解。
*2 その後、最高裁による棄却を経て、1億6,300万円での東京高裁判決が確定。
*3 その後、1億5,000万円で和解。

図表2 職務発明対価に関する提訴数の推移
職務発明対価に関する提訴数の推移
(出所)裁判所Webサイト「知的財産裁判例集」

(注)平成17年に提訴され判決が出た判例は7件、平成18年に提訴され判決が出た判例は3件である。これに経過月数により1カ月あたりの提訴数を求め、平均審査期間を24カ月として提訴数を推定した。

<判決の動向>
職務発明対価に関する訴訟の争点は、以下の4つである。
(1)研究者が、その発明の発明者かどうか
(2)その発明は、職務発明に該当するのかどうか
(3)対価請求の時効が到来していないかどうか
(4)企業が支払った対価が相当であるかどうか

職務発明対価に関する訴訟の審理は上記の争点(1)→(2)→(3)→(4)の順に進められる。各争点の審理期間については、平成17年および平成18年の判決において、(4)に基づいたものが少ないが、これは(4)の判決が(1)〜(3)の審理過程を経た後に出されるものであることから、結果的に時間を要することになるためである。ゆえに、(4)は(1)〜(3)に比べて審理期間は長いと考えられる。よって、職務発明対価訴訟の判決動向に関しては、短期的な視点ではなく長期的な視点で判断すべきと言えるであろう。
平成17年および平成18年に提訴された案件の主な棄却理由としては、(1)の「原告(つまり研究者)が当該発明の発明者であるとは認められない」という理由が最も多く、他には、(3)の「原告の相当対価請求権は、いずれも時効消滅したものである」というものや、「被告(つまり企業)は当該発明の方法を実施していないため、独占の利益が認められない」といったものが見受けられた。

図表3 職務発明対価訴訟の判決動向
職務発明対価訴訟の判決動向
(出所)裁判所Webサイト「知的財産裁判例集」

一方、平成17年の判決を含む過去の支払いを命じた判決から、相当の対価の算定方法は概ね下図の通りであると考えられる。「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは、発明を単に実施できたことによる利益ではなく、発明を独占的に実施することにより得た利益であり、自己実施であれば、第三者へのライセンスを行ったと仮定してライセンス収入が想定される。また「発明者の貢献度」は、当該発明がされるに当たって人的物的面で客観的に寄与した内容であり、発明者の職務内容、発明がされた経緯、発明者に対する給与等の支払いその他の処遇の状況等が勘案される。裁判所の裁量がこれらの項目に対して大きく影響しているにも関わらず、「各項目がどのように考慮されたのか具体的数値との対応が示されていない場合も多く、結局のところ算定根拠が不明確な面は否定できない *4」、「裁判で決定される対価の額の予測ができず、法的安定性が低い *5」という問題点が指摘されている。なお、現在出されている判例はいずれも特許法改正前の法律に基づくものであるが、特許法改正の主な内容が対価を算定する企業内のプロセスに対して合理性の要求が追加されたのみであることから、改正後も対価の算定に関する法的判断は、改正前と実質的に同様になると考えられる。

*4 (出所)産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会「職務発明制度の在り方について」
*5 (出所)特許庁HP「特許審査の迅速化等のための特許法等の一部を改正する法律の概要」

図表4 職務発明対価の算定方法
職務発明対価の算定方法
(出所)監査法人トーマツ「知的財産 法務・会計・税務セミナー」資料

【職務発明に対する企業の取組状況および問題点】
特許法改正後の職務発明制度に対する企業の取組状況については、独立行政法人 労働政策研究・研修機構が平成18年7月に発表した「従業員の発明に対する処遇についての調査」、および経済産業省と特許庁が平成18年3月22日に発表した「企業等における新職務発明制度への取組状況について」の結果を下記にまとめた。

<職務発明制度の変更>
職務発明に対する処遇を最近5 年間で変更したかどうかに関する調査結果としては、約半数の企業で発明等の対価の見直しもしくは発明等へのインセンティブを高める観点から報奨金の支給額引上げ等制度の変更を実施したとの回答であった。また、職務発明に対する対価の額については、約7割の企業が対価の上限を設けていないと回答している。
次に、職務発明の対価を決定するための基準を策定する際に従業員との間に協議の場を設けている企業の割合であるが、協議の場を設けていると回答した企業は約半数近くあり、研究員等の人数規模が大きいほどその割合が高くなるという傾向が見られた。また、実際に対価を支払う時に、対価の額について対象従業員から何らかの形で意見聴取をしている企業も34.8%あり、こちらも研究員等の人数規模別にみると、規模が大きいほど割合が高くなるという傾向が見られた。

<紛争件数>
過去5年間で発明の対価をめぐる紛争があったとする企業は、3.0%であり、紛争の解決方法としては、「本人との話し合いで解決」との回答が最も多かった。これは、特許法の改正に伴い、企業が研究者との協議の場を多く設けたこと、また報酬額を増加させたことにより、研究者の職務発明に対する納得度が増加したためと考えられる。

<職務発明制度における問題点>
職務発明制度の問題点に関する調査結果としては、約半数近くの企業が「問題点あり」と回答した。問題点としては、「対価額の決定が困難」が53.4%と最も多かった。次に「発明者等以外の社員が不公平感をもっている」との回答が多かったことから、対価の金額だけではなく、従業員処遇のバランスをとることも重要であると考えられる。

【職務発明制度の問題点に対する私見】
前記したように企業が抱える職務発明制度の問題点として、対価額の決定が困難という点が挙げられる。対価額の決定は、対価を決定する基準を使用者と従業者との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであってはならないとされている(特許法35条第4項)。したがって、特にその発明により使用者が受け取るべき利益の特定および発明者の貢献度について、使用者および従業者が納得する基準をどのように設定するのか、そして当該基準に基づいて対価が正しく計算されているかが問題となる。このうち、後者の基準に基づいて正しく計算されているか否かについては、我々のような企業外部の専門家が関与することでこの問題は解決できるだろう。なぜならば、専門家に支払う報酬は発生するものの、訴訟となった場合においても裁判所は専門家に関与させることが多く、あらかじめ企業で専門家に関与を依頼し、その額について研究者と協議を行った方が、研究者との合意の容易性および訴訟に費やす労力の削減を考えるとずっと効率的だからである。

【おわりに】
私は以前メーカーで勤務していた経験がある。そこで、感じたことは、利益を生み出すためにはチーム一丸となって職務に取り組むことの重要性である。素晴らしい発明がきっかけで素晴らしい製品が生まれるのだが、発明という種を製品という花に育て上げるためには、いかに安く生産するのかという課題や、いかに売っていくのかという課題を克服する必要があり、みんなの協力なくして大輪の花に育て上げることはできないと考える。企業・従業員の双方が不毛な内輪もめを避けて、本業である企業活動や研究開発に専念することで、知財立国の実現に向けて邁進することを願ってやまない。本稿が微力ながらその一助となれば幸いである。
以上
 
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