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トピックス 2006.2.8
研究開発型バイオベンチャーとバイオ会計のエッセンス
ライフサイエンスグループ 公認会計士 佐野 明宏
1.はじめに
ITバブルの崩壊と2000年6月のヒトゲノム概要解読の終了宣言あたりから、日本においても本格的な第2のバイオ産業の波が押し寄せて来たといえる。2002年12月に公表された「バイオテクノロジー戦略大綱」は今後の日本の国家戦略としてバイオ産業を位置づけ、2004年4月の国立大学法人化は日本のアカデミアが有する知見が産業化されることを加速させていく。その中でもバイオテクノロジーに対する期待は大きい。
いわゆる大学発ベンチャーは年々その数を増やしており、2002年9月には大学発バイオベンチャーが東証マザーズに株式公開するに至った。大学発ベンチャーはその名の通り、大学から生まれたシーズ(事業化の種となる研究成果)を製品化またはサービス化(つまり事業化)するために設立されるベンチャー企業のことであり、多くの場合企業活動の中心はシーズを保有する大学との密接な関係の中で進められている。特に研究開発型といわれる先端技術の製品化を目的としたベンチャーはこの傾向が強く、これまでのベンチャー企業とは異なる企業価値向上のプロセスを有していることが特徴的で、その企業実態を表現する会計の側面からも新しい考え方が必要ではないかという議論がなされている。
我々トーマツ ライフサイエンスグループは、これまで多くのバイオ企業と関わってきた過程において、今後ますますの発展が期待されるバイオ企業の新しい価値創造プロセスの実態を、会計として如何に表現すべきかという議論を重ねてきた。その代表的な論点について、特に研究開発型バイオベンチャーを題材に紹介していきたい。

2.研究開発型バイオベンチャーの定義
研究開発型バイオベンチャーといっても、その企業形態は多様である。ここでは創薬(新しい研究知見にもとづいた新薬の開発)プロセスを例に取り、一連の事業化プロセスにおけるバリューチェーン上の位置づけをもって、研究開発型バイオベンチャーの1つの定義としたい(図表1)。創薬の事業化(価値創造)プロセスは一般に、大学や公的研究機関などのアカデミアが担当する「疾患遺伝子の発見」や「遺伝子・タンパクの機能解析」のプロセスと、それ以後のプロセス、すなわち従来製薬企業側が担当する「化合物の発見と最適化」から「前臨床試験/臨床試験」「認可/新薬発売」があるが、両者のプロセスの間にはバリューチェーンの溝があった。つまり、アカデミア側は、研究の成果を論文または知的財産権の形で具現化してその事業化の可能性を示す程度にとどまるのに対し、製薬企業側は、利益獲得を前提として先端研究に対する投資の効率性が求められることになる。多くのシーズを保有するアカデミアと、研究開発効率を高めたい製薬企業の間に横たわっていたこの溝を埋める経済活動主体が、研究開発型バイオベンチャーであるといえる。
創薬のバリューチェーンは大きく3段階のステージを持つことになるが(図表2)、その第2ステージを事業の中心とする研究開発型バイオベンチャーは、シーズ探索を中心とする大学などアカデミアと、新薬の製品化による製造販売を目的とする製薬企業との間をつないで、先端技術(または知的財産権)の移転とそれに伴う対価の受け渡しを行うことになる(図表3)。例えば、アカデミアは創薬のシーズとなる研究成果を知的財産権(特許権)の形で研究開発型バイオベンチャーに譲渡するか、もしくはライセンス契約を結ぶことでベンチャーより次の研究のための金銭的還元を受ける。通常の場合、移転した先端技術を事業化する役割を担う研究開発型バイオベンチャーは、シーズ提供元である大学などに対して研究委託をしたり共同研究をすることで創薬プロセスを進める。一方、創薬プロセスによる製品化によって新薬の製造販売を担う製薬企業は、事業化された創薬シーズを事業ごと買い取るか、もしくはライセンスを受けることでベンチャーに対して対価を支払う。このように研究開発型バイオベンチャーは企業活動として、アカデミアへのキャッシュアウトと製薬企業からのキャッシュインが発生することとなる。
経済主体の活動実態を表現するツールとして、会計が位置づけられているが、この研究開発型バイオベンチャーの企業実態(経済活動)を会計で表現するためには、幾つかの枠組みで整理をする試みが重要だろう。なぜならこれまでの会計は、製薬企業のような製造業を基本とした営利活動を表現する「企業会計」とういう体系があるものの、研究開発自体を企業目的とした営利活動を表現する直接的な体系はなかったといえるからである。もちろん研究開発型バイオベンチャーも営利活動をする企業である以上は「企業会計」の適用範囲であるが、「企業会計」で想定している研究開発とは、製造販売といった企業の主たる事業から得られた利益の範囲において行われる将来のための投資活動であり、研究開発による価値創造そのものを主たる事業としてキャッシュフローをもたらす営利活動を想定していないといえる。そのため、研究開発自体を主たる事業とする研究開発型バイオベンチャーの会計を考える上では、製薬企業のような製造業的な枠組み(製造業型会計)と従来の「企業会計」の中で研究開発自体を企業目的と捉える枠組み(研究開発リニアモデル型会計)さらには、より研究開発活動を主体とする枠組み(研究開発ノンリニアモデル型会計)の3つをもって議論をする必要があろう(図表4)。実際の企業は一般に複数のパイプラインを有しており、各々の事業化ステージが異なっていることが多い。また、企業の成長により研究開発型から製造業型へと脱皮するケースもあるだろう。これら3つの会計の枠組みは単独、もしくはその組み合わせによってバイオ企業の企業実態を表現する必要があろう。
<図表1>
創薬プロセスとバリューチェーン
<図表2>
創薬プロセスとバリューステージ
<図表3>
研究開発型バイオベンチャーのポジション例
<図表4>
事業形態 製薬企業(製造業) 研究開発型バイオベンチャー
主たる事業目的 薬の製造販売 創薬研究開発
研究開発の
位置づけ
将来投資
主たる事業による獲得利益の範疇で行われる。
主たる事業(営利活動)
主たる事業として、少なくとも「製品研究開発」については利益獲得を企業目的としている。
会計の枠組み 製造業型会計 研究開発リニアモデル型会計 研究開発ノンリニアモデル型会計

営業損益上の
特徴

研究開発は100%将来投資のための活動であり、原則研究開発収入は営業収益(売上)にはなり得ない。 研究開発活動を営業収益との対応関係により、売上原価と研究開発費(将来投資)に区分する。 研究開発に関する、事業収益と事業費用によって企業実態(営業損益)を表現する。
営業損益の
表示方法
3分法 3分法 2分法
備 考 創薬による新薬の製造販売を主たる事業目的としているバイオベンチャーも、企業会計の枠組みではこのカテゴリーに属する。 研究開発による価値創造プロセスをリニアモデルで捉えるため、収益を生んでいる活動のコストを狭く定義する。既に上市している製品や「製品研究開発」ステージにあるシーズを保有する場合のカテゴリー。 研究開発による価値創造プロセスをノンリニアモデルで捉えるため、収益を生んでいる活動のコストを広く定義する。「シーズ研究開発」ステージにあるシーズを保有する場合のカテゴリー。

3.バイオ会計の論点(総論)
研究開発型バイオベンチャーの会計上の主たる論点としては、以下があげられよう。
1)売上の概念と研究開発収入の捉え方
2)研究開発費と売上原価の認識と区分
3)知的財産権の認識と処理
4)産学官連携に関わる取引
5)企業実態を表現する財務諸表の形態
次回以降、これらの各論点について「製造業型会計」「研究開発リニアモデル型会計」および「研究開発ノンリニアモデル型会計」の各々の立場から会計方法(会計処理の原則、認識の基準および表示の方法)を検討していくことで、研究開発型バイオベンチャーの企業実態を表現すべき会計上の考え方を展開していきたい。その概要を紹介する。

1)売上の概念と研究開発収入の捉え方
企業の売上とは、その企業の主たる事業目的活動(営利活動)の対価として得られた収入をいう。何をもって主たる事業目的と判断するのかについては次回に譲るが、主たる事業目的ではない活動に対する対価については売上(営業収益)ではなく営業外収益または発生費用などのマイナス(控除)として認識される。研究開発を主たる事業目的とする研究開発型バイオベンチャーでは、製薬企業などとの共同研究開発契約に伴う収入は売上となる可能性があるが、その入金形態として(1)契約一時金、(2)マイルストーン、(3)研究協力金などの形態があり、各々が契約上何の対価であるのかを検討する必要がある。

2)研究開発費と売上原価の認識と区分
研究開発型バイオベンチャーの主たる事業目的活動が研究開発による価値創造であるとする場合、例えば創薬プロセスにおいてはシーズの事業化のための研究開発(シーズ研究開発)と新薬の製品化のための研究開発(製品研究開発)が研究開発型バイオベンチャーのポジションにおいて行われることになる。「シーズ研究開発」も「製品研究開発」も事業コスト(費用)が発生するが、研究開発型バイオベンチャーも営利目的企業である以上はその主たる事業目的活動は製薬企業などからの収入が得られる「製品研究開発」であり、費用と収益の対応はリニアモデルとノンリニアモデルでは異なってくる。つまりリニアモデルでは「製品研究開発」の収益と費用を売上と売上原価として対応させれば良いが、ノンリニアモデルでは「シーズ研究開発」も含めて対応関係を捉えなければならない。その場合の研究開発費と売上原価との区分は一層複雑になる。

3)知的財産権の認識と処理
研究開発型バイオベンチャーにとって唯一最大ともいえる財産は知的財産権であるといっても過言ではない。アカデミアでの研究成果として得られた創薬シーズは、多くは特許権として知的財産権化される。その帰属はアカデミア単体もしくは企業との共同であることが多いが、いずれにせよ創薬シーズの事業化を担う研究開発型バイオベンチャーにとっては譲渡もしくはライセンス契約において知的財産権が認識され、会計上の処理を行うことになる。現行の会計基準では、知的財産権に関する会計方法は詳細に規定されていない面があり、現時点において最も適切と考えられる指針を検討する。

4)産学官連携に関わる取引
アカデミアと一般企業との技術移転を橋渡しする研究開発型バイオベンチャーは大学発ベンチャーであることも多い。特にシーズを保有する大学などとの取引は、研究委託や共同研究をはじめとして、大学教官による兼業(取締役、アドバイザーなど)や企業側研究者の派遣、大学への寄附金または寄附講座の開設など、これまでのベンチャーでは考えられなかった程に様々は形態で実施されている。また、日本の国家戦略の1つと位置付けられているバイオ産業は、国や地方公共団体による事業推進のための援助プログラムも盛んであり、外郭団体などを通じた研究補助金の収入も相当ある。これら取引について、研究開発自体を主たる事業目的活動とする研究開発型バイオベンチャーが会計上いかに取り扱うべきかを検討する必要がある。

5)企業実態を表現する財務諸表の形態
企業会計では企業実態を、「貸借対照表(財政状態)」「損益計算書(経営成績)」そして「キャッシュフロー計算書(キャッシュフローの状況)」の3表を軸に表現することになる。企業が保有する資産と負債の特性の有無をもって会計処理を判断するという「資産負債アプローチ」では、損益は一種の非資産負債項目として寄せられてしまうことになるが、研究開発型バイオベンチャーは研究開発という損益的要素が事業の中心であり、研究開発活動のポテンシャルとなる知的財産権などの一部資産を除いて、財務上はキャッシュフローとともに損益計算が企業実態における最大の関心事となる。したがって損益計算書において、企業実態をいかに表現すべきかということは研究開発型バイオベンチャーにとって重要な論点であり、特に研究開発による価値創造プロセスを表現する「研究開発ノンリニアモデル型会計」では、象徴的な表現形態としての2分法(営業損益計算において事業収益と事業費用のみによる損益計算を行う表示方法、一方、営業損益計算において売上と売上原価および販管費によって損益計算を行う表示方法を3分法という)を採用する。

次号より各論点について詳細に解説していく。

※本文中の意見に関わる部分は私見である。
以上
『会計情報』(トーマツリサーチセンター発行/2004年10月号)
佐野明宏執筆分より抜粋
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