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トピックス 2008.7.30
研究開発型バイオベンチャーの株式公開ガイドライン
ライフサイエンスグループ 公認会計士 佐野 明宏
1.はじめに
会計とは企業の経営をコントロールするためのパラメータであり、企業の状況を表現するツールでもある。2000年以降その数を増やしてきた日本のバイオ企業が真の産業として育っていくことができるかどうかは、バイオベンチャーを資金面から支えるインフラが整備されるか否かに掛かっているといえる。今回は、研究開発型バイオベンチャーの資本インフラの一つのハイライトでもある株式公開をテーマにする。唯一オフィシャルにバイオ企業の株式公開についてその指針を示している東京証券取引所マザーズの創薬系バイオベンチャーの株式公開ガイドラインを題材に考察する。
なお、文中における意見に係る部分は私見である。

2.研究開発型バイオベンチャーのビジネスモデル再考
マザーズの株式公開ガイドラインでは、対象とするバイオベンチャーを創薬系と規定している。しかしながら創薬系そのものの定義は明示されていない。ついてはガイドラインについて検討を行う前に、創薬系バイオベンチャーを定義することから進めることにする。
新薬開発のバリューチェーンは大きく3段階のステージを持つ。これら3つのステージは、シーズ探索を中心とする大学等アカデミア、事業化を中心とする研究開発型バイオベンチャー、新薬の製品化による製造販売を目的とする製薬企業という大きく3つの経済主体がバリューチェーンをつないでいる。創薬系を含む研究開発型バイオベンチャーを分類するためには、この第2ステージをさらに分解することで一定の定義づけが可能となろう。

図表1 新薬開発プロセスとバリューステージ
新薬開発プロセスとバリューステージ

これまで研究開発型バイオベンチャーは、大きく創薬型と研究支援型という2つに分類されることが多かった。創薬型は低分子化合物薬を例にとれば、新薬の候補化合物を保有してそれを薬という製品に自ら開発を行っていくバイオベンチャーを指していた。但し自ら新薬開発を行っていくといってもバリューチェーンのどのステージまでをその業務範囲とするのかについては区分されてこなかった。したがって、例えば最終的に製品化後の製造・販売までも行っていくビジネスモデルであっても、臨床試験以降は製薬会社に引き継ぐビジネスモデルであってもどちらも創薬型ベンチャーとされてきた。一方で研究支援型は候補化合物を自らは持たずに事業化という第2ステージを担っているその他の全ての研究開発型バイオベンチャーが一括りとされていた。
しかしながら、創薬型のなかでも製品・開発という第3ステージまでも担うモデルと臨床試験までに特化するモデルでは収益構造は全く異なっており、会計上もその売上の考え方一つとっても全く異なる。一方の研究開発型においても、ある特有のテクノロジーを有することで所謂受託による研究開発の支援を担うモデルと、コアとなるテクノロジーを一種バリュー創造のプラットフォームとすることで創薬を含む様々な製品またはサービスを生み出すようなビジネスモデルとではバリューチェーン上の位置づけは全く異なっており、したがってその企業価値もおのずと違ってくるはずである。これまではこのような区分がされることなく創薬型なのかそうでないのか(つまり研究支援型)の2区分しかなかったことが多様なバイオベンチャーを捉える上で決して適切ではなかったといえよう。
特に資本市場においては、創薬型であれば一般に市場価値は高まり株価は高く設定され、研究支援型は低く設定されるというトレンドを形成し、創薬型でなければ投資に対するリターンが得られ難いといった認識が先行することで株式公開を目指すあらゆるベンチャーが、創薬という要素を安易に標榜することでリスクマネーの受け入れを促進するといった傾向があったように思う。本来は自社の成長プロセスはビジネスモデルに基づくものであり、創薬なのか研究支援なのかといった二律背反的に決められるものではないはずである。この論点は、後述する株式公開の要件である売上の存在と成長性とも密接な関連を有している。

3.創薬系ベンチャーの株式公開ガイドライン
東京証券取引所の「マザーズ上場の手引き」の上場審査に関するQ&Aに含まれている創薬系ベンチャーの上場ガイドラインとは、Q&A26からQ&A32によって構成されているが、その中心はQ&A26において記述されている以下の7項目である。

(1) パイプラインには患者対象の臨床試験により薬理効果が相応に確認されているものが含まれているか
(2) それぞれのパイプラインについて、事業化を意識して開発の優先順位を明確に定め、適切に管理されているか
(3) 主要なパイプラインについては、製薬会社とのアライアンス等を通じて、将来にわたる開発と事業化(製造、販売等)を担保する手段が講じられているか
(4) 主要なパイプラインにかかる知的財産権に関して、申請会社が行う事業において必要な保護が講じられているか
(5) 新薬の開発についての知識や経験を豊富に持つ者が主要なポストにいるか
(6) 上場時及びそれ以降の資金需要の妥当性が客観的に確認できるか
(7) 専門知識を持たない投資家に対しても、事業の内容やリスク等、投資判断に重要な影響を及ぼす事項について、具体的かつ分かりやすく開示を行うことができるか

これらのガイドラインを示す理由として、創薬系バイオベンチャーは「収益計上までの投資期間が相当長期にわたること」「上場時点では形としての製品が無く研究開発の途上であること」「事業の専門性が高いこと」「広範は行政当局による認可或いは知的財産権管理の複雑性」など事業の特異性の存在を挙げている。その結果、事業のステージや状況によっては一般投資家の投資対象物件として供するには相対的にリスクが高くなるとしている。
このガイドラインが示されたことで多くのことが明確になった。大きくはビジネスモデルに関することと、成長性に関すること、さらに企業の継続性に関することである。これらは当該ガイドライン以前の株式公開の要件である収益事業の存在とか、成長性を前提とした赤字損益の許容、また企業会計の大前提ともいえる継続企業の前提といったことに繋がっている。バイオベンチャーでなくともこれらの項目は株式公開上当然に検証されなければならないものであるが、こと研究開発型のバイオベンチャーはこれまでの事業体とは異なる要素をもつ経済主体としてその事業活動とこれらの項目との関係が分かり難い状況であった。そのためバイオベンチャーの株式公開においては主幹事証券などの担当者によってその解釈に幅があったといえる。
それらの解釈に一定の指針を示したことで、研究開発型のバイオベンチャーの株式公開においてはある種のポリシーが得られたといえる。
以下において、各項目について検討してみる。

(1)パイプラインには患者対象の臨床試験により薬理効果が相応に確認されているものが含まれているか
この項目では、実はこのガイドラインにいう「創薬系バイオベンチャー」の定義が含まれている。それは自ら臨床試験を実施するビジネスモデルを有するベンチャーであるという点である。つまり臨床試験以降を製薬企業に引き継ぐバリューチェーンを構成するモデルは、ここでいう「創薬系」に該当しない。このことは、「2.研究開発型バイオベンチャーのビジネスモデル再考」でも述べたが、これまで一括りであった創薬型を、臨床試験以降も自ら実施する創薬系と実施しない創薬系とに区分したことになる。(1)以下、7つのガイドラインセットは臨床試験以降を自ら実施する創薬系バイオベンチャーのみを対象としたものであり、研究支援型や上記以外の創薬系については別途株式公開要件が検討されるべきであるということが示唆されている。

(2)それぞれのパイプラインについて、事業化を意識して開発の優先順位を明確に定め、適切に管理されているか
この項目は中心となる事業があって、かつその企業の成長性を裏付ける事業がいったい何であるのかを明確にすることを求めている。これまで事業要件と成長要件は分離して捉えられることが多かった。つまり、とりあえず日銭を稼ぐ事業で売上を計上して、その一方まだまだアーリーの創薬事業をも標榜することでマザーズ上場のための成長性の要件もクリアーするといったアプローチが取られることがあった。しかしながら、マザーズ上場では公開時もしくはその後短期における成長実現見込みの事業を主たる事業ときちんと位置づけ、かつその事業が売上計上していることが本来の要件であり、このことがあらためて明示されたといえる。

(3)主要なパイプラインについては、製薬会社とのアライアンス等を通じて、将来にわたる開発と事業化(製造、販売等)を担保する手段が講じられているか
この項目は創薬系のもうひとつの定義と企業の継続性について述べられている。製薬会社とのアライアンス等の存在が示されることは新薬開発のバリューチェーンにおける第3ステージは自ら行わないビジネスモデルを前提としている。また、創薬型バイオベンチャーにとっては製薬会社とのアライアンスは即ち売上計上を意味するが、それが将来にわたる企業活動を担保する必要があるということは、その事業による企業の継続性が確保されていることを示すということである。

(4)主要なパイプラインにかかる知的財産権に関して、申請会社が行う事業において必要な保護が講じられているか
この項目では大変に画期的な要素が盛り込まれている。これまでベンチャー企業の事業コアとなる特許等の知的財産権は譲渡などを受けることにより企業が所有権を有することが株式公開の必要条件とされてきた。しかしながら、譲渡を受けなくとも排他的ライセンシングであっても良いということが明示されたことになる。そもそも特許等の知的財産権は権利化された時点から陳腐化が始まる。先端技術をコアとするベンチャーであればあるほど、陳腐化する無形資産を保有することはそれだけリスクを抱えることにもなり、より進んだ技術を取り入れやすいライセンシングの方がベンチャー企業の価値を高めると考えられる。

(5)新薬の開発についての知識や経験を豊富に持つ者が主要なポストにいるか
この項目ではビジネスモデルと企業組織との関係が明示されている。当該ガイドラインが対象とする創薬モデルは臨床試験などの新薬開発が主たる事業であり、そのためにはシーズについての学術的な知識を有する者よりも新薬開発のためのノウハウ等が事業推進のために不可欠なリソースであることを明確にしている。つまり、代表取締役を大学教授の兼務によって独占されているような企業は適正とはいえなくなろう。

(6)上場時及びそれ以降の資金需要の妥当性が客観的に確認できるか
この項目ではビジネスの成長プロセスにおける株式公開の位置づけを明確にすることが求められている。一般に株式公開は出口またはExitといわれることが多いが、ベンチャー企業にとっては決してゴールではなく、研究開発型バイオベンチャーにとってはむしろ成長のための1stステップに過ぎないともいえる。本来的な事業目的および起業成長のシナリオがあって、その上で比較的早期での株式公開による資金調達が必要とされる日本の優良なバイオベンチャーを選別する目的があるといえる。

(7)専門知識を持たない投資家に対しても、事業の内容やリスク等、投資判断に重要な影響を及ぼす事項について、具体的かつ分かりやすく開示を行うことができるか
この項目はディスクローズの要件である。公開企業のおける情報開示の流れは強化される方向にあり、企業側も隠すことからさらすことによる適正な企業経営実現に理解が高まってきている。特に研究開発型のバイオベンチャーは事業内容がわかりにくく、かつ事業リスクが高いとされていることから、一層ディスクローズの充実が要請され、またその能力が求められる。一般投資家保護には何をおいても適切かつ適時の情報開示であり、それを支える企業の内部組織の存在である。今般導入された内部統制に関する制度とも関連して大変重要な要件であるといえよう。

4.おわりに
東証マザーズにおいて創薬系バイオベンチャーの上場ガイドラインが公表されたことは、当時はマザーズがバイオベンチャーを締め出す意思表示であると捉える向きもあった。事実その後のバイオ企業が株式公開からやや遠のいた面もあったわけだが、一方でこれまで述べてきたように、このガイドラインはむしろこれまで不明確であったバイオベンチャーのビジネスモデルを明確にすることを促し、その結果さまざまなビジネスモデルにおける成長性とそこに基づく新興市場への株式公開の要件が適正に検討される契機を与えたといえる。
その意味で、かかるガイドラインが公表されたことは大変意義のあることであって、その意図を正しく理解することが今後の日本におけるバイオ産業の発展をもたらすことになると確信している。
以上
『会計情報』(トーマツリサーチセンター発行/2005年9月号)
佐野明宏執筆分より抜粋、一部修正
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