| トピックス 2008.6.18 |
 |
映画に見る米国企業年金の世界 〜『ウォール街』編〜
年金制度と企業戦略 |
 |
Deloitte Consulting LLP (ニューヨーク)
米国公認会計士協会正会員 服部 邦洋 |
 |
このコラムはデロイト コンサルティング LLP ニューヨーク事務所にて企業年金のコンサルタントとして働く筆者が、映画を通して米国での企業年金の世界を感じたままにお伝えするものである。今回から始まるシリーズでは、ハリウッド映画をとりあげ、そこに描かれている米国の企業年金の世界を解説する。ドラマの背景にある米国企業年金の仕組みや実態、それにまつわる人々の思惑など法律を読んでも見えてこない真の姿に迫りたい。
なお、文中の意見に関わる部分は私見である。
1.Greed is good!
『ウォール街』という映画をご存知だろうか。オリバー・ストーン監督作品で1985年のニューヨーク金融業界を舞台に、企業買収により多額の利益を上げる投資家ゴードン・ゲッコー(マイケル・ダグラス)に憧れる若手株式ブローカーのバド・フォックス(チャーリー・シーン)の成功と苦悩を描く物語である。特にゲッコーの「Greed is good(強欲は良いことだ)」という台詞は有名で、今でも、ゲッコーの名前は強欲の代名詞とされている。また、マイケル・ダグラスは本作品においてアカデミー主演男優賞を獲得しており、20年近くを経て続編の製作も噂される作品である。なお、筆者の勤務先はウォール街から2ブロックほど南にある。
この作品の中でゲッコーが飽くなき強欲の追求の対象としたのが“ブルースター航空”という航空会社の積立超過にあった年金資産である。この企業を買収し、年金制度の解散により積立超過部分を会社に返還(株主であるゲッコーに還元)させようと画策するのである。信頼と裏切りのドラマの結末はぜひ映画をご覧いただきたい。
2.年金制度と企業戦略
さて、今回のテーマは年金制度と企業戦略である。筆者自身も米国で企業年金コンサルティングに携わり、年金制度も企業戦略の一部であるという当たり前のことを再認識させられた。ゲッコーの策略が企業戦略と呼べるかはともかく、年金制度は企業が持つ価値(プラスもマイナスもある)の一つであり、従業員のインセンティブとして使うのか、もっと別の投資に回すのかといった選択肢を経営陣が常に意識しているということが感じられる。日本企業の全てに当てはまるというつもりはないが、日米企業を比較すると年金費用に対する関心に差があるような印象を受ける人もおり、日本企業の年金資産運用を手がける金融機関で働く米国人から、なぜ日本企業は年金費用の変動に無頓着なのか、と質問されたことがある。この時は、日本企業は米国企業とは違い長期的な安定と成長を重視するからと回答したが、本当にそれだけかどうかは疑問である。
3.確定給付型年金制度の受難
年金制度、特に伝統的な確定給付型の年金制度にとって現在は受難の時代である。映画の舞台となった1985年では“ブルースター航空”の年金資産は積立超過でありグリーンメーラーの標的となった。しかしながら、実際の航空業界では1991年および1992年にはPan American Air、2003年および2005年にはUS Airways、2005年にはUnited Airlinesが反対に多額の積立不足を抱えたまま破綻した。最近でも米国の自動車業界がレガシーコストと呼ばれる福利厚生費用のため競争力を削がれており、年金制度を企業戦略に組み込むことの難しさが見て取れる。まるで映画のようであるが、経営破綻したBethlehem Steelを投資ファンドがたったの4億ドルで買収したのちに、積立不足となっていた年金制度を解散しPBGC(年金給付保証公社)に37億ドルの債務を引受させ、その後ファンドは45億ドルで同社を再度売却したという事例が実際にあった。最近では、英国で金融機関が企業年金制度を買い取るといった事業が展開されているが、米国ではまだ、このような金融機関による年金制度の買収の動きはあるものの当局の承認が得られていない。
4.確定給付型と確定拠出型の年金制度
なぜ、これほどまでに年金制度、特に伝統的な確定給付型の年金制度は一般的に企業から嫌われていると言われるのであろうか。それは伝統的な確定給付型の年金制度と企業戦略を整合させるのが非常に困難であるためである。一般に企業は投資に対する収益を最大化することが使命である。特に米国における上場企業は四半期毎の利益成長が至上命題とされ、株主からのプレッシャーも強いとされる。一方で、年金制度とは何十年も先の支払いのために多額の資産を株式市場や債券市場といった企業努力では抜本的に改善しようもないところに縛り付けていることに他ならない。もちろん、日本と異なり終身雇用という考え方はないため、従業員の平均勤続年数こそ短い。しかしながら、米国では65歳が一般的と言われる引退年齢以後、死ぬまで年金を支払う終身年金が一般的であるため、超長期間にわたり資産を縛り付けておく必要がある。
企業戦略に基づく年金戦略の策定において、最大の意思決定はやはり確定給付型の年金制度と確定拠出型の年金制度の選択である。企業である以上、利益そしてその成長が最も重要である。確定給付型の年金制度を選択した米国企業は、米国会計基準書第87号等に規定される年金費用を毎期計上する必要がある。そして、企業のコントロールの及ばない事象(資産運用環境の変化、人員構成の変化、平均寿命の伸長等)によって、会計上の積立不足が生じた場合、その償却費用という形で、会社の利益を悪化させる(もちろん積立超過となれば利益が増加する)。一方で、確定拠出型の年金制度を選択した米国企業は上記のような事象によるリスクを従業員に移転し追加的な利益の悪化を防ぐことができる。
5.年金制度の状況
では、実際に米国企業はどのような選択をしているのであろうか。米国労働省の統計によると、2005年における確定給付型と確定拠出型の年金制度の状況は表のとおりである。
表:米国の確定給付型と確定拠出型の年金制度の状況(2005年)
| 制度 |
制度数 |
総加入者数
(千人) |
現役加入者数
(千人) |
総資産
(百万ドル) |
総掛金
(百万ドル) |
総給付
(百万ドル) |
| 確定給付型 |
47,614 |
41,925 |
20,310 |
2,254,032 |
92,662 |
136,555 |
| 確定拠出型 |
631,481 |
75,481 |
62,355 |
2,807,590 |
248,788 |
217,985 |
参照:Private Pension Plan Bulletin Abstract of 2005 Form 5500 Annual Reports
ここで留意すべき点は確定給付型には、新規加入者に対して閉鎖もしくは全ての給付を凍結した制度が含まれるという点である。一般に確定給付型から確定拠出型への移行において米国企業は一時的なキャッシュアウトもしくは会計上の損失計上を避けるため、また、過去の給付に対する従業員の権利を守るため、確定給付型の年金制度を閉鎖もしくは凍結した上で将来分のみ確定拠出型の年金制度へと移行するケースが多い。事実、総資産こそ拮抗しているが、現役加入者数では確定拠出型62百万人に対して確定給付型20百万人、総掛金では2,487.8億ドルに対して926.6億ドルと大きく差がついている。確定拠出型が単なる確定給付型の補完から年金制度の主役となったことは間違いないと言える。
このような傾向は企業業績と関係があるだろうか。その回答として米国企業、特に企業業績が好調な企業は確定給付型から確定拠出型の年金制度へと移行しているという事実についてBusinessWeek(2006年4月21日)の記事が解説している。この記事では企業業績が好調であったIBMが従業員に驚きを与えながらも確定給付型の年金制度を凍結した例を挙げ、その理由として競合するハイテク企業のうち伝統的な確定給付型の年金制度を提供している企業がなくなったことにあると指摘している。つまり、業績の不調な企業から確定給付型の年金制度を廃止していったため、気がつけば確定給付型の年金制度を保有するのは自社だけとなり、人材獲得競争の観点から確定給付型年金制度を保有する意味が薄れたのである。
6.年金制度の寿命とは?
ちなみに、上記の記事の題名は「Is Your Pension Plan Retiring Before You?(年金制度があなたより先に引退?)」という皮肉をこめたものである。近年ではビジネスサイクルの短期化により企業業績の変動が激化、企業の寿命が短縮していると言われている。年金制度の寿命が企業よりも長くなることはありえず、伝統的な確定給付型の年金制度にとって困難な時代は続くと思われる。あえて確定給付型の維持を選択した米国企業にとってこれまで以上の注意深い年金戦略の策定が求められるのである。
■参考文献
「ウォール街(原題:Wall Street)」(1987年)20世紀フォックス
「Whoops! There Goes Another Pension Plan (September 18)」(2005年)The New York Times
「Pension Insurance Data Book 2005」(2006年)PBGC
「Is Your Pension Plan Retiring Before You?(April 21)」(2006年)BusinessWeek
「企業年金研究会第4回議事録」(2007年)
「証券アナリストジャーナル5月号(第45巻第5号)」(2007年)日本証券アナリスト協会
「Private Pension Plan Bulletin」(2008年)Department of Labor |
 |
| 以上 |
 |
関連するサービス
 年金コンサルティング | サービスタイプ | クライアント別 | テーマ別 | |
 |
|
|
|