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トピックス 2008.8.27
解説 グローバル化・M&A時代の退職金・企業年金制度の方向性を探る
年金数理人 鹿島 俊明
現在、企業年金・退職金(以下、「企業年金」)が全世界的に注目を集めている。その背景は、大きく3つあると考えられる。1つ目は、少子高齢化に起因する公的年金の見直しによって、企業年金が少なからず影響を受けていること。2つ目は年金資産がグローバルで莫大な規模になり、その運用の巧拙が企業に多大な影響を与えていること、および昨今のサブプライムローン問題で激しさを増したボラティリティにみるような運用環境の変化である。3つ目は、企業活動のグローバル化に伴う会計基準の見直しである。
今回は、日本の企業が海外に事業展開するうえで注意すべき点という観点から、上述の背景について概観するともに、退職給付に係る会計基準の動きや企業年金の今後の方向性などについて触れる。また、昨今の内部統制強化の動きから注目される海外子会社の年金マネジメントについても解説する。
なお、本稿における意見は私見であり、監査法人トーマツの見解でないことをお断りしておく。

1.企業年金を取り巻く世界の状況
(1)世界的な公的年金制度の見直し
グローバルで企業年金を概観するうえで、その制度的な基盤ともいえる各国の公的年金の動きを理解することは重要である。各国の制度の詳細についてはここでは触れないが、全体的な傾向としては、少子高齢化によって財政的な危機に直面し、支給開始年齢の引上げ、給付削減および高齢者雇用や非正規従業員の被保険者化による保険料収入増加など年金制度そのものの見直し、あるいは、税などによる年金制度以外からの財源の確保などの改革がなされている。
各国でさまざまな検討がなされ、改革が実施されてきているが、財政の建て直しおよび世代間の負担のあり方が多くの国に共通する課題となっている。一般的に公的年金は賦課方式(PAYG)*1で運営されており、少子高齢化によって年金を支える側の現役世代が減り、将来、年金制度を支えられなくなることが懸念されている。その原因は、高齢者世代が負担した保険料等に比べて年金受取額が大きいことにあるとして、世代間の年金制度の負担のあり方が大きな課題になっている。
いずれにしても、公的年金は将来縮小することは避けられず、その老後の所得保障機能低下に対する代替策として、企業年金あるいは私的年金を拡充する施策が取られてきている。日本ではこの約20年間、公的年金削減の改革が行われ、確定拠出年金の導入など企業年金についても拡充策が取られてきている。米国、英国、ドイツ、中国、チェコ、ポーランドなどの東欧諸国、ロシアなども同様の動きをしている *2。

(2)世界の年金基金資産は急激に増加
企業年金の資産は、急激に増加している。図表1は、OECDの調査によるOECD加盟国の2001年から2006年の年金基金(Pension Funds)の資産の推移である。1987年では、GDP比29%であったものが、2001年は65%、2002年はいったん57%まで下がったものの、2006年には、73%まで上昇しており、金額は16兆USドルに達している。OECD以外の国の年金基金の資産残高は、約6千億USドルであり、96%をOECD諸国が占めている。年金基金資産の伸びは経済成長(GDPの伸び)を大きく超えている。

*1 賦課方式(PAYG):Pay As You Go
年金の支払いをその年の税金あるいは社会保険料(以下、「保険料」)でまかなう財源負担の方式。一方、積立方式は保険料をプールしておき、その運用収益および保険料によって年金給付をまかなう方式。
*2 東欧、ロシアおよび中国では90年後半からの体制の変更に伴い、公的年金制度の見直しが進められている。ただし、財源問題および世代間の負担は同様に大きな問題となっている。また、私的年金拡充策も進められている。

図表1 OECD諸国の年金基金資産の推移
OECD諸国の年金基金資産の推移
資料出所:OECD

また、各国における年金基金資産のGDPに対する比率は図表2のとおりであり、各国における企業年金の重要性を見る1つの指標になるため参考までに添付しておく。

図表2 OECD諸国の年金基金資産のGDPに対する比率
OECD諸国の年金基金資産のGDPに対する比率
資料出所:OECDのデータから筆者が主要な国を抽出して作成(2006)

さらに、年金基金資産を金額順に見てみると、図表2とはやや趣きが異なることがわかる(図表3)。ただし、米国は金額が9.8兆USドルと大きいため除外した。また、これはあくまで年金基金資産の規模であり、年金保険契約や社内引当金等を含んでいない。例えばドイツでは、社内引当と年金保険契約を含めた総額を算定すると、約5千億USドルであり、スイスを超えることになる。

図表3 OECD諸国の年金基金資産の金額
OECD諸国の年金基金資産の金額
資料出所:OECDデータから筆者が主要な国を抽出して作成

2.海外の企業年金と日本の企業年金の違い
海外に事業展開する企業にとって重要であり、また、今後の世界的な企業年金の流れを知るうえで欠かすことができないと思われるのは海外の企業年金と日本の企業年金の相違である。ここでは、とくに欧米における一般的な企業年金と日本の企業年金の違いを解説する。企業年金は概して言えば、確定給付型から確定拠出型への道を歩んでいる。確定給付型の制度は国による違いが大きく、とくに欧米と日本の違いについてここで簡単に述べたい。
まず、日本の企業年金の特徴は、退職一時金を企業年金の給付原資として持つこと *3 と、1社で複数の制度を並立させる企業が多いことがあげられる。これに対する欧米の企業年金の特徴は、以下のとおりである。

(1)欧米は終身年金が企業年金のスタート
日本の場合、代表的な企業年金制度が法制化され実施されたのは税制適格年金制度が1962年、厚生年金基金制度が1966年、確定拠出年金制度が2001年および確定給付企業年金制度が2002年であるが、そのすべてのタイプの年金制度の原資(厚生年金基金の基本年金部分を除く)は、ほとんどの企業において退職一時金制度である。そのため、例えば、退職金が一時金で2,000万円あり、そのうちの年金制度移行部分1,000万円を年金換算率(あるいは給付利率)5.5%で年金化すると60歳から10年間の年金額(年額130万円、月額約11万円)が決まる、というように一時金の金額を前提として、年金制度が設計されているため、年金の支給期間は10年から20年の有期年金が多い。終身年金がある制度では、保証期間 *4 終了後の終身部分について年金の原資を企業が追加負担している制度がほとんどである。つまり、保証期間の年金原資は退職一時金と対応しており、その後長生きすることによる年金の原資は退職一時金制度に上乗せして企業が負担することになる。
一方、欧米では、公的年金を含めた企業年金制度の年金額は、退職時点の最終給与の何パーセントという決まり方が多い。例えば、年金額は、「最終給与×累積率×加入年数」という算定式によって計算される *5。つまり、1年加入(勤務)することによって受け取る権利を「累積」することになる。年金額をいくらにするかという発想しかなく、年金額の算出過程において一時金額は出てこない。そのため、一時金から年金額を算出するための年金換算率という考え方がない。日本では、これまで多くの企業が給付の引下げを経験しており、海外子会社に対して同じことを求める日本の企業が散見されるが、このような指示はまったく意味をなさず、子会社に混乱を招くだけである。また、年金は本人の死亡時までの終身給付が基本的な考え方であり *6、一時金制度を前提としている日本とは年金に対する根本的な考え方が異なることがこの部分からも理解できるであろう。

*3 つまり企業年金設立時に新たに企業がその給付原資を負担したわけではなく、退職一時金制度を企業年金制度に移行することによって企業の追加負担がないケースが多かった。
*4 保証期間とは、年金を受け取る本人が死亡した場合に、遺族に残りの期間分の年金(原資)を給付する期間である。保証期間終了後は、本人の死亡により年金給付は終了し、遺族に対する給付はない。
*5 累積率が、60分の1の制度の場合30年加入すると、年金額は最終給与の50%になる(最終給与×1/60×30)。
*6 本人死亡後も配偶者の生存中は本人年金の50%等の年金を配偶者に給付する制度も多い。

(2)公平性についての認識が違う
企業年金は、各国において一般的に税制上の優遇措置が認められており、そのために各国の法規制において、ある程度の公平性を企業年金に求めている。
日本の企業年金制度では、受給年金額についての金額的な公平性が設立認可要件の1つとなっている。これは、公平性の判断基準が「金額」に依拠していることを示していると考えられる。一方欧米の企業年金制度では、図表4に示すとおり公的年金が年金額の上限を設定していることが多いため、公的年金を補完する企業年金制度は、高額報酬者に手厚い制度になっていることが多い。欧米での年金額の決定要素は、退職時の所得と加入期間によることが多く、これは、退職時の給与に比例した年金を支給することがより公平であるとの考え方によるものと考えられる。

図表4 欧米の企業年金制度の概念図
欧米の企業年金制度の概念図

(3)インデグゼーションへの注意が必要
インデグゼーションとは、インフレーション(あるいは平均賃金の伸びなど)に対する年金の実質価値維持のための仕組みである。長らく日本においてインフレーションがない状態あるいはデフレの状態が続いたため、ピンとこないかもしれないが、インフレーションに対する年金の実質価値維持のために、法律等に制限が規定されている国が少なくない。世界の中では、一般的にインフレのある国が圧倒的に多く、老齢期における主な収入源である年金制度のインフレ耐性は重要な問題であり、企業年金制度にまで影響を及ぼしている。この仕組みが海外の年金制度を理解するうえで、日本人にとって障害となることがあるので注意が必要である。

(4)過去の受給権に関する概念が明確
日本においては、前記(1)で見たように企業年金制度の原資は、退職一時金制度である。退職一時金制度においては、退職時に初めて受給権が成立するものと考えられており *7、退職前における給付減額は条件があるにせよ可能である。企業年金制度における給付の減額は、過去の受給権を減額する手続きについてまでもあらかじめ定められている。つまり、日本において受給権という概念が、米国のエリサ法 *8 に示されているように明確なものでないことはまさにこの部分に起因するものと思われる。
一方、一般的に欧米の企業年金制度は、過去の受給権については、基本的に企業が手をつけることができない。そのため、制度の閉鎖や凍結という制度変更が多くなる。図表5は、閉鎖および凍結の概念を示したものであるが、参考にされたい。

*7 「在職中の労働者に対する退職給付(退職金・企業年金)の受給権の付与」(参考文献)に詳しい。
*8 エリサ法(Employee Retirement Income Security Act)1974年米国で制定された年金受給権の保護に関する法律。

図表5 年金受給権の概念図
年金受給権の概念図

閉鎖(Close)は、制度変更時点における将来加入者について年金制度への加入を制限した概念として使われる。つまり、図表5の(3)の部分を確定拠出型制度に移行した(あるいは給付をなくした)状態である。そのため、制度変更によって既存の加入者は影響を受けない(図表5の(2)の部分は、維持される)。一方、凍結(Freeze)は、すべての将来の給付累積を止めて、過去の受給権を確定する概念として使われる。図表5では、(2)と(3)の部分を確定拠出型制度に移行した(あるいは給付をなくした)状態のことである。欧米の企業年金制度において、確定拠出年金制度に移行する場合は、一般的に閉鎖か凍結のどちらかの方法を取ることになる。
日本では、確定拠出年金制度に移行する場合には、過去分も含めて30%移行する(図表6参照)というような過去部分も含めた一部分の移行が典型的な例である。欧米の企業年金制度では過去の受給権(図表5の(1)の部分)に企業が手をつけることができないため、基本的に、将来部分のみ確定拠出年金制度に移行するという制度の変更にならざるを得ない。日本の場合は過去の受給権まで、確定拠出年金制度に移行していることが欧米の企業年金制度と大きく異なる部分である。また、図表6のように、複数の企業年金制度を採用することも日本の特徴である。ちなみに、英国では、図表6の制度は、「ハイブリッド制度」に分類される。

図表6 日本における典型的な確定拠出年金制度導入例
日本における典型的な確定拠出年金制度導入例

(5)その他の違い
日本においては、企業年金制度は企業が任意に実施できる制度であるが、企業年金が実質的に強制適用になる、オランダ、フランス、スイスのような国がある。また、保険会社が年金制度を運営し、運用利回りを保証しているため、確定給付制度を持っていることを企業が自覚しにくい、ベルギーやスイスのような国もある。例えば、ベルギーの会計基準では、確定給付制度も債務認識する必要がなく、掛金を費用処理すれば足りるため注意が必要である。

3.M&Aにおける課題
(1)M&Aの概況
最近のM&Aを概括すると2007年度中のサブプライムローン問題に端を発した金融市場の信用収縮の影響を受け、それまでのメインプレーヤーであったプライベートエクイティファンドへの買収資金の調達が難しくなり、2008年度は金額、件数とも前年度に比較し減少する見込みである。一方で、日本企業がキャッシュリッチな状態は続いており、海外での大型買収案件の報道が続いている。武田薬品工業による8,800億円での米ミレニアムファーマシューティカルズの買収が記憶に新しいが、2006年のJTによる2.2兆円での英ガラハー買収など規模も相当大きくなってきている。案件総額および案件数の4年間の推移を示したものが、図表7である。

図表7 世界におけるM&Aの取引額および件数の推移
世界におけるM&Aの取引額および件数の推移
資料出所:Thomson Financialのデータから筆者が加工(2008年数値は年間ベースに調整)

(2)M&Aにおける企業年金の課題
前記(1)で見たように、2008年度はM&Aは件数、金額ともに減少する見込みではあるが高い水準を保っており、日本企業の投資意欲も旺盛である *9。海外に事業展開する会社にとっては「時間をかせぐ戦略」であるM&Aは今後も有効な経営戦略の1つであることには間違いない。では、M&Aの場合に注意すべきことは何か。1つ目は財務リスク、2つ目は買収後の年金のマネジメントである。現在、後述する会計基準が国際会計基準へ収斂している影響もあり、財務デューディリジェンスを行えば、例えば国際会計基準による企業年金にかかる積立不足が以前より容易に捉えられるであろう。ただし、国によっては年金に関して特殊事情があり、年金デューディリジェンスが必須となる。例えば、英国では年金制度の運営主体であるトラスティ(日本における厚生年金基金の理事に近い)がM&Aのトランザクションに積極的に関与してくる。つまり、積立不足がある制度の場合、M&A実施の条件として巨額の不足金の穴埋めを要求し、これが拒否されたことによって、トランザクションが成立しなかった事例も見られる。買収側はM&A成立前からトラスティとコミュニケーションしなければならない。どう対応すべきかは年金制度の状況によるため、専門家のアドバイスが必要になる。また、現在の経済環境は、過去よりボラティリティの高い状況になっている、債務評価の基礎になっている割引率等の前提(計算基礎率)や、資産運用環境についての感応度分析によって財務的なリスクを把握しておく必要があろう。
2点目は、買収後の年金マネジメントについてである。欧米の企業年金制度には、被買収会社の社長を含むマネジメント(以下、「現地マネジメント」)が年金制度の加入者であることが多い。各国の企業年金が複雑であるがために買収後の年金マネジメントを現地マネジメントにそのまま任せているものと思われる。彼らはマネジメントであると同時に受益者である。株主である日本の親会社のために自ら不利になる年金改革に積極的に手をつけるであろうか。例えば、英国においては、マネジメントが年金制度改革に対する最大の抵抗勢力になるケースが少なくない。現地マネジメントが純粋な経営者の立場から企業年金制度について検討するのは、直接彼らが利害関係者になることもあり難しい。これにより、被買収会社がマーケットにおける競争力を失っていくならばM&Aの目的に沿わない。買収後の統制こそが重要であり、年金関連費用あるいは年金債務が大きい国においてはとくに注意が必要である。

*9 「ユーロ地区におけるM&Aの動向」(参考文献)に詳しい

4.海外事業展開と年金マネジメント
ひと言で言えば、日本企業の海外の企業年金マネジメントは、多くの場合、海外子会社任せである。多様な国の多様な年金制度をすべて把握し、グローバルに管理していくことは、そう簡単なことではない。日本国内でさえ、グループの企業それぞれに現在の制度に至るまでの経緯や歴史があり、各社のマネジメントの理解も統一されていないなか、グループのポリシーを策定し管理・運営することは、容易なことではない。海外ともなれば、法律、文化、労働環境、労働組合、公的年金を含む社会保障の水準および生活水準などが異なり、グループのポリシーを策定したとしてもこれを実行するのは簡単ではないことは容易に想像がつくであろう。実際、先進的な企業の中には、リスクアプローチを取り、効率的に管理する企業もある。例えば、図表8のようなリスク分類およびアプローチが考えられる。

図表8 グローバル年金マネジメントにおけるリスクアプローチ例
グローバル年金マネジメントにおけるリスクアプローチ例

この例は、財務的なインパクトと子会社の規模によって、子会社あるいは、子会社所在国を分類し、リスクの高い部分を中心にマネジメントを実施する方法である。「最重要グループ」と分類された子会社あるいは国に存在する子会社については、本社として積極的に関与し、場合によっては企業年金制度の方向性まで本社が関与したうえで意思決定する。「重要性なしグループ」の子会社あるいは国に所在する子会社に対しては、制度の概要把握とレポーティング(内容についてはあらかじめ定めておく)にとどめる。「要注意グループ」では、調査したリスクの度合いに応じた対応を検討する。全般的にいえることであるが、重要度の高い子会社あるいは国については、子会社からの情報に頼らず客観的な情報も入手し、分析しておくことも必要である。また、「要調査グループ」では、従業員数が多いだけに認識違いがあった場合の影響は甚大である。会社外の専門家からのレポート等を、定期的な健康診断のように入手しておく必要があろう。例えば、イタリアでは2007年に事業主の負担が急激に増える年金制度にかかわる変更があり、これによってイタリア全体では年間約70億ユーロの事業主掛金が増加することになった。また、英国では2012年までに強制確定拠出年金が導入される予定であり、企業の負担が激増する会社も出てくると予想される。現在の状況が将来も続く保証はなく、会社が注意すべき情報をタイムリーに入手しておく必要がある。
ある国への事業参入あるいは事業を拡大する場合においても、図表8で検討対象国を分類することによって、重点的に調査する国を押さえておくことができる。逆にある国から事業を撤退する場合に、事業を売却あるいは会社分割等を活用する等さまざまな方法が検討されるが、年金制度がネックになり方法が限定されてしまうケースもある。上記の図表8を準備する時に、事業の撤退・縮小に係るリスクも同時に分析しておけば、この図表8の活用の幅も広がるであろう。

5.退職給付会計基準の見直しの方向性
企業活動のグローバル化が進むにつれ、その活動報告ともいえる会計基準の収斂(コンバージェンス)の動きが激しくなるのは、自然な流れに見える。投資家の立場からすると、国ごとで統一されていない会計基準はわかりにくく、「投資対象として評価されることが企業価値を高める」という最近の株式価値最大化経営が求められる企業の立場からも会計基準の収斂は抗えない流れであろう。退職金・年金制度を含む退職給付制度は、そのなかでもやっかいな問題を抱えている。1つは長期にわたる債務を企業が抱えることに起因して、その金額が大きくなることである。2つ目は退職給付制度が国ごとに異なり理解しにくいということ。3つ目は退職給付制度自体がここ10年の間に劇的に変化しており、会計上いかに認識すべきかについて、現在の会計基準が整理できていないこと(とくにキャッシュバランスを代表的な制度とするハイブリッドプランの評価について議論が分かれている)が、大きな問題になっていると思われる。現在国際会計基準およびそれに近い基準を採用している国が100カ国以上となり、これまで会計基準をリードしてきた米国会計基準は大幅に国際会計基準に歩みよる方向性を出している。その中で、国際会計基準審議会は、年金会計(IAS19)の全面見直しプロジェクトを立ち上げ、抜本的な改訂に着手している。このプロジェクトは、フェーズ1およびフェーズ2に分かれておりそれぞれの主な検討テーマは以下のとおりである。

●フェーズ1
(1)年金に関連する費用や資産および負債の表示と開示
(2)確定拠出型および確定給付型契約の定義およびキャッシュバランスプランの会計処理
(3)未認識および遅延認識の仕組みの廃止に向けた検討
それぞれを詳細に説明することは紙面の関係上避けるが、(1)は年金関連費用をいかに開示するかについて、(2)はとくにキャッシュバランスのようなハイブリッドプランの認識の仕方について、(3)は現在、国際会計基準ではコリドールールによって数理計算上の差異の遅延認識 *10 が認められるが、基本的にはそれを廃止し、発生時の一括認識へ向けての検討がなされるということになる。

●フェーズ2
米国財務会計基準委員会と協働で行っている「退職後給付に係る会計処理の包括的見直しプロジェクト」との連携を図り、2011年頃を目処に新しい年金会計基準を公表することを目標としている。

ちなみに、米国基準では、すでに数理計算上の差異の貸借対照表上での遅延認識を認めておらず *11、フェーズ1(3)の目指す方向と同じになっている。また、英国会計基準でも数理計算上の差異の遅延確認を認めていない。
日本の会計基準も東京合意によって、2011年6月末までに国際会計基準との差異を解消することを表明しており、将来的には未認識差異に係る会計基準が統一されるものと考えられる。
日本の企業にとって、最も影響が大きい点は、この数理計算上差異の発生期における一括認識であろう。もし、一括認識という基準になれば、確定給付制度を持っている以上数理計算上の差異は少なからず毎期発生する。確定給付制度を持つ企業にとっては、毎期決算が大きく振れることになり、安定的な配当が難しくなる可能性もある。

*10 数理計算上の差異とは、期首に予定した運用収益と実際の運用収益の差額および退職給付債務の計算が割引率等の基礎率を使った見込み計算であるため、毎年の計算において基礎率が変動することによって発生する債務の変動等である。数理計算上の差異の遅延認識とは、数理計算上の差異のうち一部について、貸借対照表において計上(認識)しなくてもよいと会計基準上認められているが、この、すでに発生した債務の一部の認識を繰延べし、後年度において認識できる仕組みのことをいう。日本基準では発生した数理計算上の差異を平均残存勤務年数以内で償却することが認められている。つまり、数理計算上の差異の発生時における一括認識を避けることが可能である。国際会計基準では、コリドールールによって、債務と資産の大きいほうの金額の10%までは、数理計算上の差異を認識する必要はなく、10%を超えた金額について、平均残存勤務期間内で償却することが認められており、日本基準と同様に一括債務認識を避けることが可能である。
*11 米国財務会計基準第158号において、2006年12月以降の開始事業年度から適用になった。

6.企業年金に求められる役割と新たな課題
(1)最適な報酬制度
公的年金の縮小が避けられないため、社会的な期待からすれば、企業年金には老後の所得保障機能が求められる。受け取る側の従業員にとっても、すべての報酬を給与とボーナスで受け取るよりも税法上優遇される企業年金として受け取ることを好む傾向がある。
一方で、企業側から見ると企業年金は長期的にリスクを抱えるあるいはコストがかかる割には見えにくく、本来報酬の一要素として持っている人材を引きつける機能が企業としてうまく活用できていない。つまり、企業の負担感に比べて効果が見えにくいのである。給与が高くなれば優秀な人材を引きつけやすくなるのと対称的である。限られた報酬原資を、給与や企業年金などの各報酬へ最適な配分を行うことが求められる。

(2)企業年金制度のリテンション機能
また、企業年金制度の持つ機能のうち、リテンション機能を企業として検討する必要がある。人材の獲得競争が激しくなるなか、一度採用した人材はできるだけ引き止めて自社の中で教育し成長させるために、企業年金のリテンション機能を積極的に活用していく方法もある。あるいは、できるだけ外部からフレッシュな人材を投入し社内の活性化を図ることに重点を置くために、リテンション機能は必要ないという会社もある。まさに企業の人事ポリシーそのものである。
例えば、英国では急速に確定給付型制度から確定拠出制度に移行しているといわれているが、実態は、新規採用者を確定拠出に切り替え、これまでの従業員には確定給付制度を提供し続ける企業のほうが多数を占める。この施策は、従来確定給付制度を提供していた企業の3分の2以上が採用しており、転職した場合には、ほとんど確定給付制度は望めないという状況である。この施策を続けることが、果たして、会社の人事ポリシーに合致しているかが非常に重要なポイントになる。給与は低いが年金制度は充実しているという会社が、他社に追随してこの施策を実施した場合は、優秀な人材を採用できずに既存の従業員は手厚い確定給付制度があるため会社にしがみついて退職しないという悪い循環に陥る。このように実感している会社も少なくない。各国あるいは各社によって事情も異なるため、リテンション機能については、グループで整合性が取りにくい部分であるかもしれない。例えば、オランダでは確定給付制度のポータビリティが整備されており、企業年金制度にリテンション機能は基本的にない。

(3)積極的な開示、コミュニケーション
今後企業年金制度に求められるものの1つに、従業員に対する積極的な開示、コミュニケーションがあげられる。その会社が企業年金の果たす役割を人事ポリシーの中で明確に位置づけ、その機能を最大限に活用するためには、会社あるいは人事部として何をすべきかを検討すべきである。企業年金制度を維持し続けようとする会社にとって、企業年金を会社にとっての単なるコストあるいはリスク要因にしてはならない。社会的には老後の所得保障という重要な機能を担うべきであるという方向性は明確なのであるから、コミュニケーションによってうまくアピールすべきである。

(4)会計基準の変更への対応
前節「5.退職給付会計基準の見直しの方向性」において示した、数理計算上の差異の一括認識が必要になった場合には、制度あるいは運用方針を変えることによって対応することが必要になると思われる。英国においてはすでに、LDI *12 によって、金利リスクとインフレリスクをヘッジする手法によって、積立不足を一定に保つ運用方法が導入されている。

*12 Liability Driven Investmentの略。債務と資産のキャッシュフローマッチングによって、サープラス(債務と資産の差)をコントロールする運用手法。英国において適用事例が多い。

(5)今後の企業年金に関する新たな課題
日本の企業は海外子会社に駐在員を派遣し、海外子会社の社長あるいは財務担当役員などの役割を担ってきた。今般、事業は中国、アジア、東欧などに拡大しており、グローバル人材をすべて日本から派遣してきたこれまでの方法にも限界があるように見える。その代替として、海外子会社のマネジメントをグローバル人材として教育し役割を担ってもらいたいという企業も増えてきているようである。この場合、その人材に提供する企業年金もまた重要な報酬の一部であり、決して疎かにできない。例えば、複数の国に人材を求めた場合、同じ役割やグレードの、国籍の異なる人材に対する報酬パッケージにおいては、とくに年金部分は、出身国の企業年金に依存する度合いが高く、同等の処遇を同じ役割の人に与えるには非常に悩ましい課題である。
ベルギーでは、2003年のEU年金指令を受けてクロスボーダーで移動する人材に関する企業年金制度に対する法整備を整え、企業年金あるいは年金ファンドを呼び込む国家戦略の1つとしてこれに備えている。そう遠くない日に、優秀なグローバル人材の企業間の争奪戦において企業年金制度が重要な要素になるかもしれない。



世界的な企業年金に関する動き、海外の企業年金制度の特徴、会計基準の動きおよび今後の企業年金に関する課題について解説した。今後、企業のさらなるグローバル化に伴い、人材がこれまでよりも激しく国境をまたいで動くことになるだろう。実際、EUにおいては、前述したEU年金指令では企業年金に関するEU域内の共通の基準を定めており、EU域内での人の動きを強く意識している。企業内においても、海外の優秀な人材の活用が今後進んでいくと思われる。
企業は究極的には人材によって成り立っている。一方、企業年金はこの人材に対する報酬であり老後の所得保障的性格を併せ持っている。今後ますます企業のグローバル化、また、それに伴う会計基準の統一化が進展するのであれば、企業年金もある程度グローバルで収斂していくことになるのではないだろうか。

【参考文献】
「退職給付会計の現状と国際的動向を踏まえた今後の展望」税務研究会刊 『週間経営財務』 2008年2月18日 井上雅彦氏
『PENSION MARKETS IN FOCUS』 November 2007, OECD
「EU諸国の少子高齢化に対応した年金制度改革」岩間大和子氏/『少子化・高齢化とその対策』(国立国会図書館調査・立法考査局 2005年2月刊行)掲載
「在職中の勤労者に対する退職給付(退職金・企業年金)の受給権の付与」ニッセイ基礎研究所1998年
「ユーロ地区におけるM&Aの動向」 デロイト トーマツ FASメールマガジン 2008年4月16日号 吉田航氏

以上
『人事実務』 2008年6月15日号に掲載
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Deloitte(デロイト)とは、スイスの法令に基づく連合組織体のデロイト トウシュ トーマツおよび相互に独立した個別の法的存在であるネットワーク組織のうちのメンバーファームのひとつあるいは複数を指します。デロイト トウシュ トーマツとメンバーファームの法的な構成についての詳細は、www.tohmatsu.com/deloitte/ をご覧ください。
 
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