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トピックス 2008.8.27
映画に見る米国企業年金の世界 〜『アバウト・シュミット』編〜
年金保護法
Deloitte Consulting LLP (ニューヨーク)
米国公認会計士協会正会員 服部 邦洋
このコラムはデロイト コンサルティング LLP ニューヨーク事務所にて企業年金のコンサルタントとして働く筆者が、映画を通して米国での企業年金の世界を感じたままにお伝えするものである。
なお、文中の意見に関わる部分は私見である。

1.アクチュアリー
映画に登場する企業年金というテーマでコラムを書くにあたり避けて通れない作品がある。主演のジャック・ニコルソンがゴールデングローブ賞を受賞した2002年公開の『アバウト・シュミット』である。
ニコルソン演じる定年退職を迎えたネブラスカ州オマハの保険会社に勤めるアクチュアリーのウォーレン・シュミットは、悠々自適の引退生活を送るつもりが、自らの性格も災いして家族をめぐる様々なトラブルに巻き込まれていく。念のため補足しておくが、アクチュアリーとは「保険や年金、金融などの多彩なフィールドで活躍する“数理業務のプロフェッショナル”」である。筆者は勤務先のデロイトで企業年金の法律や数理計算に精通した米国の年金アクチュアリーのコンサルタントと共に働いている。そんなアクチュアリーが主役という映画では取り上げないわけにはいかないだろう(厳密にはシュミットは生命保険のアクチュアリーで年金のアクチュアリーではないのだが…)。

2.“97.28892%”
この映画を見ていない方は、まずこの映画に登場するシュミットの風貌をご覧いただきたい(http://www.aboutschmidtmovie.com/)…酷い。原作の小説ではニューヨークに住む弁護士という設定だったそうだが、なぜか映画化の際にアクチュアリーになった。あまりの酷さに、米国の業界団体である“ソサエティー・オブ・アクチュアリー”が公式に次のような抗議文を公表した。

「数字に取り憑かれ、社会に適応できず、その上、驚くべきひどい髪型のアクチュアリーの描写は97.28892%正確ではない。」

もちろん、97.28892%は根拠のある数字ではないが、アクチュアリーが数字に強いという世間のイメージを逆手にとって、洒落を利かせた切り返しはさすがである。同じ数字に取り憑かれた人物を描いた映画でも、2008年に公開された『ラスベガスをぶっつぶせ』では、数学の天才であるマサチューセッツ工科大学の学生をジム・スタージェスがさわやかに演じていたし、2001年の『ビューティフルマインド』ではノーベル賞受賞者であるジョン・ナッシュをラッセル・クロウが演じて好評を得た。それと比べるとシュミットの人格の描かれ方は確かに酷い。しかしながら、上記の抗議文に見られるように実際の米国のアクチュアリーはウィットに富んでおりクールな人々である。
このコラムを読んで、『アバウト・シュミット』に興味を持った読者の方は、ぜひ注意していただきたい。2004年に公開された『ラブ・アクチュアリー』という映画は、ヒュー・グラントやキーラ・ナイトレイが出演するラブコメディであり、アクチュアリー(actuary)は出てこない。原題は『Love Actually』である。

3.年金保護法
前置きが長くなったが、今回のテーマは年金保護法であり、ここ数カ月、米国のアクチュアリーと顔を合わせると避けては通れない話題となっている。年金保護法とは2006年に成立した米国の企業年金制度を保護するための法律であり、1974年施行のERISA法以降、様々な法律により微修正されてきた年金関連の法律を大幅に改定したものである。同法は企業年金に関する様々な規定を網羅しており数百ページにおよぶ上に、主要な条項の実施が2008年であったため、前年末以降、内国歳入庁(以下、IRS)がガイドラインを続けざまに公表し大変な騒ぎであった。

4.何が変わったか
年金保護法の施行により、単独事業主による確定給付型の企業年金(以降、特段の記載がない限り確定給付型の年金制度は単独事業主型を指す)について積立義務が強化された。これまでは年金財政上の債務に対する年金資産の積立は90%を目標としていたが、年金保護法施行後は債務に対して100%の積立が要求されるようになった。また、この年金財政上の債務の計算方法についても統一が図られ、計算基礎率である割引率および死亡率についてはIRSが公表するものを使用することとなった。そして、この新しい計算方法および計算基礎率によって算定される債務である“積立目標”に対して年金資産が下回る場合には、不足額を7年間で均等に償却すべく積立不足掛金を拠出することが求められている。年金資産の評価についてもこれまでは過去5年間の時価の平均を用いることができたが、最大2年までと短縮され、より時価に近くなった。
と、ここまで一息で書いた事項は重要だがほとんど悩むことはない。段階的に適用するかどうか、割引率や年金資産の平均年数を何年にするか等を意思決定する必要があるが、企業にはあまり選択の幅がない。
意思決定の要素が大きいのは掛金拠出(キャッシュフロー)に関することであり、まずは企業の掛金拠出額の上限が上がった。日本の年金制度では計算基礎率さえ決めてしまえば掛金額が数理計算され、企業はその金額をスケジュールに従って払うことが一般的である。しかしながら、米国では年金保護法施行前から、数理計算された掛金はあくまでも最低要拠出額であり一定の範囲内で掛金を上乗せして支払うことができた。加えて年金保護法により掛金の上限が高くなったことは、法人税との関係で大きな影響がある。上限内であれば掛金は全額損金として扱われるため、税務上の利益をにらみながら戦略的に掛金額を決定することができるのである。
また、これも年金保護法施行前からのルールであるが、最低要拠出額を超えて掛金を支払った場合にはその超過額をクレジットしておき、次年度以降の最低要拠出額と相殺したり、実際のキャッシュアウトを最低要拠出額以下にすることもできた。年金保護法では年金制度の積立不足が大きい場合には、このクレジットを使用することができないという規制が追加されたため、計画を立ててこのクレジットを使用する必要がでてきた。さらに、積立不足の大きな年金制度についてはペナルティが課されるようにもなったため、積立比率が一定の割合を下回ると、給付改善が制限されたり、一時金での支払が制限されたりするルールが適用されるのである。
その他に、確定拠出型の年金制度およびキャッシュ・バランス・プランについて規制緩和が行われており、企業の選択肢が広がった。

5.何をすべきか
前段落では手短に年金保護法の主要なポイントをまとめたが、いかがだろうか。もっと詳しく知りたい方は、The Pension Protection Act Of 2006 をご覧いただきたい。
では、企業は一体何をすべきであろうか。もし、「年金保護法に対応するには何をなすべきか。」と聞かれたら、その回答は「ほとんど何もしなくてよい。」であろう。米国の税制適格の確定給付型年金制度にはアクチュアリーがついており、きちんと法律に対応した数理計算をし、最低限必要な意思決定については選択肢を示してくれる。もちろん、企業には受託者責任があるので全部をアクチュアリーに丸投げすればよいという意味ではない。
ただし、仮に「年金保護法を活用して自社の競争優位を確立し企業価値を向上させステークホルダーに報いるためには何をなすべきか。」と聞かれたら、その回答は「貴社の財務戦略に合わせた掛金拠出および資産運用の戦略を考えましょう。」となる。短期的には税務上の利益等を見ながら最適な掛金拠出額とタイミングを決定することが考えられるし、長期的には人員構成や金利等の変動による将来の給付予測を行い掛金のシミュレーションを行うことが考えられる。掛金は積立不足の発生により大きな影響を受けるため、積立不足の予測には年金保護法施行後のルールに基づく年金債務と年金資産を予測する必要がある。さらに年金保護法施行後は積立不足の悪化は種々のペナルティを引き起こすため、年金債務に合わせた年金資産の運用戦略も必要となる。このあたりは今後取り上げたいと思う。

6.コンサルタントの活用
米国の企業では外部のコンサルタントの活用が非常に進んでおり、自社内では意思決定を行うことに集中し、情報の収集や企画立案は外部に委託するという姿勢が明確である。余剰人員を置かず、プロジェクトに応じて内部・外部から人員を集める。筆者の経験でも人事制度改訂プロジェクトに対し企業からは人事のヘッド1名のみが参加し、10人の外部コンサルタントとプロジェクトを進めていくというやり方も珍しいものではない。
コンサルタントとはゴルフのレッスンプロのような存在だと思う。ゴルフをプレーするには自己流で練習をしても一向に構わない。ゴルフをされる方は分かると思うが、自己流であろうがシングルプレーヤーになることはできる。でも、第三者の目、それもゴルフに精通している人の目を通して分析されたアドバイスはとても効果的で、自分に合っていれば効率的な技術の向上につながる。
年金保護法に対する企業の挑戦を考えた時、筆者の結論は外部のコンサルタントを活用することである。何もしないという選択肢もあるが、企業価値向上のため合理的、合法的な手段を検討せずに無視してしまうことは、昨今の株主圧力を考えるとなかなか行いづらいであろう。かといって、年金保護法を全て理解することも困難だし、その必要もなかろう。では、「年金保護法の専門家」という私の履歴書を見て貴社は私を採用するだろうか。多分しないと思う。しかしながら、企業では意外と自社の社員に対しては多くの時間をかけて年金保護法の全てを理解させようとしたりする。時間とコストを節約するためには、ぜひ一度、年金制度についてのコンサルタントであるアクチュアリーと話をして欲しい。それにシュミットのような社会性のないアクチュアリーに出くわすことは97.28892%ないと保証する。

■参考文献
「アバウト・シュミット(原題:About Schmidt)」(2002年)New Line Cinema
「Was “About Schmidt” About Actuaries?」(2003年)Society of Actuaries
「The Pension Protection Act of 2006」(2006年)
以上
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