| トピックス 2008.10.1 |
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映画に見る米国企業年金の世界 〜『パーフェクトストーム』編〜
米国における年金資産運用の動向(Liability Driven Investmentを中心として) |
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Deloitte Consulting LLP (ニューヨーク)
米国公認会計士協会正会員 服部 邦洋 |
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このコラムはデロイト コンサルティング LLP ニューヨーク事務所にて企業年金のコンサルタントとして働く筆者が、映画を通して米国での企業年金の世界を感じたままにお伝えするものである。
なお、文中の意見に関わる部分は私見である。
1.ハロウィーン北東強風
1991年10月、船長のビリーら6名を乗せた漁船“アンドレア・ゲイル号”は北大西洋で久しぶりの大漁となった操業を終え帰路についた。しかし、彼らの進路には爆弾低気圧と寒冷高気圧が待ち構え、さらにハリケーン・グレイスが近づきつつあった。三者の衝突により最悪の気象条件が重なり未曾有の大嵐“パーフェクトストーム”が発生、アンドレア・ゲイル号を襲った。
2000年公開のウォルフガング・ペーターゼン監督作『パーフェクトストーム』は、“1991 Halloween Nor'easter(1991年ハロウィーン北東強風)”と呼ばれる大嵐に翻弄されたアンドレア・ゲイル号の実話を基にした小説『The Perfect Storm』をジョージ・クルーニー主演で映画化したものである。この映画が契機となり、複数の悪条件が重なり大きな混乱を起こすことが“パーフェクトストーム”と呼ばれるようになった。
2.米国企業年金のパーフェクトストーム
2000年春、従業員の老後保障という使命を負った米国の年金基金は、後にインターネット・バブルと呼ばれる米国株式市場の熱狂の果実を享受していた。しかしながら、その前途にはIT関連企業を中心とする株価の下落と記録的な低金利が待ち構え、さらにベビーブーマーの引退が近づいていた。三者の衝突が最悪の経済条件となり、未曾有の “パーフェクトストーム”が年金基金を襲った。
仮に、米国企業年金におけるパーフェクトストームを映画になぞらえるならば、上記のようなストーリーとなるだろう。確定給付型の年金制度は将来の支払に備えるため、主に企業が拠出する掛金を運用している。米国では年金基金の伝統的な資産配分は株式に60%、債券に40%と言われており、株価の下落は年金基金の積立に大きな影響を与える。さらに、企業が負担する会計上の年金債務は、将来の年金給付支払のためのキャッシュフローを社債のイールドを参照した割引率で割引計算しているため、金利が低下するとこの年金債務が増大するという特性を持っている。加えて、ベビーブーマーの引退により年金基金の成熟度が高まると加入者一人あたりの年金資産が多額になり、積立不足発生のリスクが高まる。まさに、3つの悪条件が重なり年金基金に大きなダメージを与えたのである。米国における企業年金のパーフェクトストーム以降は、多くの年金基金が新たな給付累積を凍結したり、確定拠出型の年金制度に移行するなど、確定給付型の年金制度をあきらめざるを得ない事態となった。
3.古くて新しいテーマ
今回注目するのは年金資産運用の現状である。米国では依然として、サブプライム問題による年金基金への影響が危惧されている。例えば、2008年第1四半期の運用環境の悪化により、米国の企業年金の2007年末時点の積立超過が全て吹き飛んでしまったとするレポートもある。このような環境下、米国でも脚光を浴びつつあるLiability Driven Investment(債務に基づく運用、以下LDI )が今回のテーマである。
LDI の定義は論者等により異なり、明確ではないが、「投資戦略の決定に際し年金債務の特性を第一に考慮すること」と定義すれば無難であろう。
4.LDI の浸透
まず、LDI がどの程度米国の企業年金に浸透しているのか見てみたい。『Pensions & Investments(2008年6月23日号)』が2008年5月に米国の主に企業年金を対象に行ったサーベイによると22%の年金基金がLDI を採用しており、さらに20%が採用を検討中であると回答している。ただし、LDI を採用している年金基金のうち、年金資産全体に対してLDI を適用している年金基金は20%に過ぎず、残りは年金資産の16%から45%に適用しているのみである。また、56%の年金基金はLDI の採用期間が2年に満たない。
では、具体的にどのような手法で年金債務に基づく運用が行われているのであろうか。同じサーベイによると回答者のうち90%が長期国債への投資、60%が社債への投資、そして、47%が金利スワップを従来のポートフォリオと組み合わせて活用していると回答している(複数回答可)。長期の債券投資が主流であり、デリバティブへの拒否反応はそれほどない、といった姿が見える。
このサーベイの結果を見ると、LDI が採用され始めたのは最近であるが、現在では大型の年金基金から中規模の年金基金へと広がりつつある。統計にはないが、米国におけるLDI の浸透について、給付を凍結した年金基金の多くがLDI を採用しているのではないかという興味深い話がある。映画に見る米国企業年金の世界 〜『ウォール街』編〜 年金制度と企業戦略でも述べたが米国の場合、確定給付型の年金制度を廃止するよりも、給付を凍結することが一般的である。すなわち、給付を凍結すれば将来発生するキャッシュフローの予測は容易になり、より年金債務の変動にマッチした年金資産運用が可能となる。このことを考慮すると凍結した年金基金に対して企業が追加負担を発生させないように、LDI を採用しているのではないかと推測される。
5.LDI とはマインドセット
本稿執筆を前に、米国にて年金基金向けに資産運用を手がける運用機関の方々にお話を伺った。その中で、「LDI とは投資手法や運用商品ではなくむしろマインドセット(物事の考え方)である」という説明が印象に残った。
筆者はマインドセットをリスクに対する考え方であると解釈している。簡単に言うと、ベンチマークを目標として運用収益を追求する年金資産サイドのみの考え方から、年金債務の変動に着目して年金資産とのギャップを一定に抑えるように年金資産を運用しようという考え方への移行である。
たとえベンチマークを1%上回る運用結果を出してもベンチマークがマイナス10%では運用結果はマイナス9%にも落ち込み、積立不足は増える一方である。もちろん現在の従業員が引退して年金を受け取るまでの長期間にはプラスの年もあればマイナスの年もあり期待収益に収斂すると言われる。では、なぜ多くの米国の企業年金はたかだか2、3年のパーフェクトストームを乗り切れず凍結してしまったのだろうか。
近年、米国では会計基準の変更により単年度の運用損失が全額株主資本に反映され(「その他包括利益(純資産の部)」に一度全額計上し、PLの費用認識は従来通りコリドーを超える部分を遅延処理する方法)、かつ、年金保護法により積立不足償却期間が7年へと短縮され掛金の負担が増加することになった。良し悪しは別として年金も単年度での結果を問われる時代になったのである。既述のサーベイでも、44%が米国会計基準の変更がLDI 採用に影響を与えたと回答している(ちなみに44%は影響を与えなかったと回答している)。
6.LDI とは経営戦略
2008年7月にムーディーズより、LDI が企業の格付に与える影響についてコメントが出されており、LDI が年金戦略から経営戦略のレベルで検討されつつあることが分かる。Moody's Investors Serviceのコメントによると、LDI による株主資本およびキャッシュフローの変動の緩和はプラス要因である反面、期待される運用収益の低下によるコストの増加はマイナス要因であるとされている。
すなわち、年金債務と年金資産のギャップを一定に抑えることによる年金債務およびコスト変動の抑制がプラス面となる。マイナス面については少し補足する必要があろう。LDI は通常、長期債での運用に傾倒するため株式での運用比率が下がる。過去の運用結果から予測される期待収益率は一般的に債券より株式の方が高いため、LDI 採用後のポートフォリオの期待収益率はLDI 採用前に比べて低くなる。年金給付を賄うための資産は掛金と運用収益であるから、運用収益が低くなることが予測されるならば(さらに実際に運用収益が低くなれば)その分掛金を多く支払う必要がある。
加えて、デリバティブのカウンターパーティーリスクについて懸念にも言及している。これは、サブプライム問題下でのベア・スターンズの破綻危機などを受け、LDI に限らずデリバティブ取引全般に関して同様の指摘がされている。これまで無視されてきた問題であるため金融機関を始め企業が対応に追われることであろう(『Pensions & Investments(2008年7月21日号)』)。
7.LDI とはリスク管理
LDI は年金債務に基づいて年金資産を運用することにより、積立不足発生のリスクを許容範囲内に抑えようとするリスク管理につながるが、年金のリスク管理を企業のリスク管理体制にどのように組み入れるかという問題がある。金融機関のようにβ(ベータ)やVaR(バリュー・アット・リスク)が企業内の共通言語となっていれば年金基金のリスク管理を企業のリスク管理体制に組み入れるのは比較的容易かもしれないが、一般的に企業が年金リスクに関して意思決定を行うのに必要な情報と、実際に使用する金融技術には依然ギャップがあるようである。
このギャップは中長期的には埋まっていくだろう。また、折しも2008年5月Standard & Poor'sが企業のリスク管理能力を企業格付に反映させると発表しており、企業は企業全体のリスク管理手法を洗練させて行く事が求められ、これに合わせて年金基金についてもリスク管理について再度検討する必要があろう。
より直感的にイメージしやすいVaRと言う概念をリスク管理に応用する年金基金もある。例えば、年金基金の取り得るリスクを「100年に一度の最悪な事態においても対応し得るサープラス(年金資産−年金債務)の最大損失額」という表現で測定する方法である。年金資産・年金債務全体のリスク許容度を考慮して設定した全体でのリスクを、年金資産の資産クラスやファンドマネジャーに予算のように配分し、その配分したリスクの範囲内で資産運用を行うようにするのである。取り得るリスクは企業のキャッシュフロー余力によっても異なるため、企業のキャッシュフロー予測に重ね合わせて、リスクを設定し資産運用を決定することができる。
8.その声は届くか
映画『パーフェクトストーム』に次のようなシーンがある。アンドレア・ゲイル号の船長ビリーの長年のライバルであるリンダは気候図で悪天候を予測し無線でビリーに警告を与える。しかし、その声は間に合わず帰途を急ぐビリーは暴風雨の吹き荒れる海域の中心へと一直線に向かって行く。
ビリーは無謀だったのか、それとも不運だったのか。では、年金基金に新たなパーフェクトストームへの備えはあるのだろうか。年金基金には無謀も不運も許されない。まして、警告を与える無線などないのだから。
■参考文献
「パーフェクトストーム(原題:The Perfect Storm)」(2000年)ワーナー・ブラザーズ
「Perfect Storm Prompts Changes in Pension Accounting」(2007年)Journal of Accountancy
「Pensions - The “Perfect Storm”」(2006年)American Bankruptcy Institute
「DB plans jump on LDI bandwagon(June 23)」(2008年)Pensions & Investments
「Moody's backs LDI , warns of counterparty risk(July 21)」(2008年)Pensions & Investments
「To Apply Enterprise Risk Analysis To Corporate Rating(May 7)」(2008年) Standard & Poor's
「リスクバジェッティング」(2002年)レスリー・ラール編
「総解説・金融リスクマネジメント」(2001年)ゴールドマン・サックス、ウォーバーグ・デュロン・リード |
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