| トピックス 2008.10.1 |
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LDI についての一考察
― 監査法人トーマツ&デロイト トウシュ トーマツの最新の試行から ―
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| 監査法人トーマツ パートナー 山本 御稔 |
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企業年金制度をいかにしてコントロールするのか、資産・負債ともに時価評価されている特徴をいかにして財務戦略に取り込むか、欧米における「包括利益」という考え方はいかなるものなのか等、LDI(Liability Driven Investment)が解決策と目される話題に事欠かない状況となってきた。
本稿では、監査法人トーマツの鶴渕広美、岸本浩一による最新の試行およびデロイト トウシュ トーマツのグローバルでの取り組みを含め、LDI についての考察を行うこととする。
なお、文中の意見、コメントはすべて筆者の私見であり、監査法人トーマツの見解ではないことをお断りしておく。
【確定給付型企業年金の資産運用】
企業とは何だろう。経済学の定義では、企業は家計との関連性において定義されている。すなわち、消費活動を行う主体が家計であり、生産活動の主体が企業である *1 ということになる。
企業は生産活動を行うために負債や資本で資金を調達し、その資金を元手に生産活動を行い付加価値を創造する。付加価値は生産物に対する価値であり、その価値を創り出すために企業は投資を行う。企業のとる投資行動はリスク・リターンの観点からコントロールされている。投資を行うに際しては、期待されるリターンとしてハードルレートが設定され、ハードルレートから乖離するリスクが推定され、それに対する対応策が準備される。
外部積立の企業年金制度は、企業の投資活動とほぼ同様のフレームワークであると考えられる。年金資産として外部積立された資金は、企業のガイドラインのもとで受託機関により運用される。これは投資である。異なるのは、年金資産運用の投資成果は原則として企業自体には還元されず、企業年金制度の加入者等に帰属することである。
投資成果が企業に還元されないということは、外部積立された資金は企業活動から遮断されているということであり、それは企業に対して一定の機会利益を逸失せしめていることでもある。
“機会利益の逸失”とはおだやかでない言葉使いであるが、会計的認識において退職給付は企業が行うべき給与支払いの繰り延べであり、それゆえに退職給付債務が認識されていることを鑑みると、ある種、当然のことと考えられるのである。
考え方はともかく、企業自体が外部積立された資金から生じる利益を享受する機会は限定 *2 されている。一方、外部積立の資金、すなわち年金資産が一定の金額を下回った場合には、企業はその不足分を補う責務を負う *3。
ここに本稿の論点が凝縮されている。確定給付型の企業年金制度を実施する上で、外部積立された年金資産の運用は、年金制度の負債をターゲットとして運用され、運用に失敗した場合に追加拠出というリスクを負う。成功した場合にはリスクはないが企業にリターンが現金として還元されることはない *4。単純化すればショートフォールリスクだけを負う投資なのである。
それでは確定給付型の年金制度ではなく確定拠出年金制度を導入し、年金資産運用リスクを従業員に転嫁すればいいかと言えばそれは尚早に過ぎる。老後の生活を支えるための資産形成は長期間にわたって行わねばならない。個人が長期間に資産形成を行う術を持っているかと言えば、例外を除いてはそれを保持していないと言わざるを得ない。
企業という組織と個人を対比してみよう。個人は企業に比して、「リスクを回避する傾向が強く、多様な貯蓄を行うための理由を持っている」という研究 *5 がなされている。リスクを嫌い、かつ貯蓄の必要性に迫られているという状況で起きることは、「元本を毀損するおそれがないような資産運用を行う」ということである。
投資理論が教えるところでは、元本を毀損しないような投資行動の結果は、インフレ率に追いつかない資産形成しか成し得ない確率が高い。つまるところお金は貯めるがそれは生活には十分ではないということである。実質購買力が落ちてしまうのだ。個人が持つこのような認知心理学・行動経済学的側面からも企業が個人に成り代わって年金資産運用を行うことの合理性がみえる。規模の経済という面からも同様だ。
どうやら企業が年金資産運用の主体であることの方が効率的だし、従業員の利益を図ることにもなることに疑問はなさそうだ。ということであれば年金資産運用に真正面から取り組むべきであり、あらためて年金資産運用に起因するリスクについて考えるべきであろう。
なお、本稿においては「年金資産の増減は、直接、企業年金制度の加入者等の受給リスクにつながる」という考え方はとらない。受給権は十分に確保される、あるいはされるべきとの論拠により「受給リスクは企業の年金資産の補填により解消される」と言う前提を置く。この前提により、年金資産運用に起因するリスクが影響する対象は企業を中心に考えることが可能となる。
*1 岩村充、鈴木淳人『企業金融の理論と法』東洋経済新報社2001
*2 サープラスの定義
*3 追加拠出の根拠
*4 *2と同様
*5 Vickie L. Bajtelsmit and Jack L. VanDerhei “Risk Aversion and Pension Investment Choices” Pension Research Council 1997
【会計の影響】
年金資産運用のリスクをコントロールすることで企業財務の安定性が増すことは、理屈の上でも、直感でも自明のことである。自明ではありながら、その対応は、年金制度に関わる種々の取り組みに比して遅いと言えよう。
しかしながら、昨今、会計制度の変更により、年金資産運用のリスクコントロールの取り組みが加速化されている。
イギリスではFRS17(財務会計基準書 第17号)の適用により、従来は認められていた年金資産と債務の評価額変動の遅延認識の一部、すなわち数理計算上の差異の遅延認識を行うことができなくなった。企業年金制度に関わる時価主義徹底の一環としてのこの動きにより、数理計算上の差異が即時認識されることとなったのである。
数理計算上の差異等は、伝統的な収益費用中心観に基づく損益計算書上の利益と、資産負債中心観に基づく貸借対照表上の持分の変動差額のギャップの原因のひとつである。欧米を中心に、このギャップの解消とそれによる財務諸表のより緻密な連関性を達成する動きが活発化しており、その切り札として「包括利益」という考え方が提唱されている。貸借対照表上の持分の変動差額を「包括利益」と名づけ *6、総認識利得損失計算書において包括利益を即時認識している。この結果、数理計算上の差異は総認識利得損失計算書を通じて株主資本に反映されることとなったのである。
これらの会計上の動きにより「株が下がったので資本が減る」ということが起こり得ることとなったと言える。当然、年金制度における資産と負債のギャップに注目が集まったのである。そしてこのギャップの変動を抑える手段として、ALM(Asset Liability Management)的考え方に再度脚光が当たり、その流れの延長線上で注目を集めたのがLDI である。
米国年金保護法(Pension Protection Act of 2006)により、年金財政上の年金債務評価に時価評価の考え方が導入され、FAS158(財務会計基準書第158号)により、数理計算上の差異および過去勤務債務の全額が包括損益計算書において即時認識され貸借対照表に計上されることになった *7。イギリスと同様に、アメリカにおいてもこの会計上の変更が年金資産の運用のコントロールの必要性を高め、LDI の積極展開のドライバーとなっている。
*6 傍点部は経済産業省企業行動課「新しい業績報告書に関する調査研究」2002より引用
*7 岸本浩二、鶴渕広美「注目を集めるLDI 」保険毎日新聞2007より引用
【LDI】
LDI の概要についてはすでに周知のものとなっている。一方で、その定義自体は各人各様、各社各様という無用なバラエティに富んでいるように思われる。ここではデロイト ロンドン事務所による定義を利用することとする。
「年金資産サイドのみでリスク・リターンを計測し、それをコントロールするという考え方はとらない。資産と債務の間に生じるミスマッチの管理を行いつつ、リターンも追求する。このミスマッチリスクとリターン追求のバランスをとる運用戦略である」(デロイト ロンドン事務所の2007年2月開催のセミナー資料より筆者にて修正)
LDI を資産運用の一手法という認識でとらえると、実施にあたっての齟齬が生じ、その効用を得ることがむずかしくなる。ある特殊な特徴を持つ資産、すなわち負債から直接的な影響を受ける資産を管理するための“プロセスと執行”がLDI なのである。
プロセスと執行とは、例えば以下のようになる。
・年金債務・年金資産を定義し、その定義に基づいて計測すること
・年金債務・年金資産のそれぞれの変動特性、相関関係の把握とリスクの認識
・年金債務ベンチマークポートフォリオおよびリターン追求ポートフォリオの構築
・各種モニタリング、メンテナンス、パフォーマンス評価という統制システムの構築
【LDI の実施に向けて】
「将来の各期の給付キャッシュフローの割引現在価値と同じ変動特性を持ち、かつ将来の給付キャッシュフローをまかなうことができる年金資産のポートフォリオ」は年金債務ベンチマークポートフォリオ(以下PLBポートフォリオ)と呼ばれるものである。LDI はこのPLBポートフォリオを構築することで実施が可能となるものである。
PLBポートフォリオは、それが生み出すキャッシュフローの安定性・確実性が求められるため国債や高格付けの事業債で構成される必要があるが、十分に金利が高く、かつバラエティ豊かな債券市場が準備されていればPLBポートフォリオの組成は現実味を帯びてくるが、そうでなければ絵に描いた餅となる。わが国の市中金利を考慮すると現状では困難である。
そもそも退職給付債務が年金資産を大きく上回っている状況、あるいは年金財政上の責任準備金等が年金資産を大きく上回っている状況でLDI を実施することは、ケースによっては不足部分の回復を阻害することもあるため、この面でもLDI には踏み切れない。
これらを鑑みるとわが国においてLDI を効果的に導入するためには、現行の年金資産ポートフォリオをスタートポイントとして、一定のリスク許容度の範囲内で運用リスクを包含する調整型PLBポートフォリオを構築することが望まれる。
調整型PLBポートフォリオは、国内の債券に加えて内外の株式、外国債券等も含むものであり、現行ポートフォリオの資産配分を生かしつつ、LDI のメリットも得るものであり、導入負担が比較的少ないポートフォリオである。
【調整型PLBポートフォリオのシミュレーション】
ここでは、先ごろ、監査法人トーマツ内での試行の成果のひとつである、調整型PLBポートフォリオの実際例を記すこととする。この実際例はすでに監査法人トーマツの鶴渕広美、岸本浩一により発表されたものであり、ここでは具体的にその内容を以下に一部修正の上で引用する。
確定給付型の企業年金における給付金の将来キャッシュフローを仮定し、LDI を用いた場合のリスク・リターン特性の分析を行う。この際、従来の資産側だけのリターンではなく、年金資産時価−年金債務時価であるサープラスのコントロールに注目し、サープラスの期待リターン、リスクについて検証する。
リスク指標としては、分布を仮定せず、ヒストリカルデータからリターン分布を再現し、リスク指標として下方リスクに注目した期待ショートフォールの概念を使用する。具体的には、信頼区間95%、保有期間1年とした場合のVaRを下回るリターンの条件付期待値(簡単に言うと5%の確率で発生する最悪のリターンの平均)をリスク指標とする。
<前提条件>
年金債務時価500億円、年金資産時価500億円、とし、割引率を2.0%とする。推定した給付金の将来給付金キャッシュフローを図表1に示す。将来の割引率は、15年国債利回りに連動すると仮定する。
また、現在の資産配分比率および期待リターンは、年金基金の平均的な数値とし、図表2に示す。
図表1 推定した給付金の将来給付金キャッシュフロー

図表2 資産配分比率および期待リターン

出所:企業年金連合会の平成18年度資産運用実態調査結果等を基に監査法人トーマツが作成
<分析結果>
図表3 現行のポートフォリオでのリスク・リターン

LDI を導入する前の現行のポートフォリオでのリスク・リターンは図表3の通りである。
LDI の概念は広範にわたり、単に年金資産と年金債務のデュレーションを一致させる方法から、金利スワップ等のデリバティブを活用する手法まで、様々な運用手法がある。本稿ではデリバティブを使用せず、現物債のみで年金資産と給付金のキャッシュフローを一致させる方法(キャッシュフローマッチング)を紹介する。
まずは、年金資産全額を使用して、債券と給付金のキャッシュフローをフローマッチングさせるように国債に投資することを考える。ただし、実際に債券市場で投資可能なのは最長30年までである。このため、30年までのキャッシュフローマッチングを行い、残りの金額は現行の配分比率按分で他の資産へ投資する。
この方法でのリスク・リターンは図表3のポートフォリオ(1)のようになり、現行のポートフォリオと比較してサープラスの下方リスク抑制効果を確認できる。年金債務が年金資産よりも小さく、積立不足の状態にない年金基金において、サープラス変動を極力回避しようという場合には効果的である。一方、国債以外への投資割合が小さいため、超過リターンを獲得する可能性は低くなり、サープラスの期待リターンは低下する。積立不足の年金基金の場合には、追加の掛金拠出や割引率の見直しが必要となる可能性が高まる。また、現行の資産配分比率を大きく変更し、国内債券への配分を高める必要があるため、抵抗感も大きい。
そこで、現行の国内債券運用金額のみを使用し、給付金キャッシュフローに対応するような国債に投資する戦略を考える。この場合、資産配分比率を変更する必要はなく、他資産からのリターンを追求することもできる。ただし、資産の一部を利用して国債投資を行うため、給付金の将来キャッシュフローに対して、国債キャッシュフローが不足することになる。そこで、現行の国内債券運用金額を使用し、30年までの全期間均等に上述の給付金キャッシュフローの一定割合にマッチングするような国債に投資する(図表4)。この結果、リスク・リターンは図表3のポートフォリオ(2)となる。
図表4 給付金の将来キャッシュフロー

ポートフォリオ(2)では、現行と比べて期待リターンが下がることなく、サープラス下方リスクを抑制できているのがわかる。このリスクを抑制した分、他資産でリターンを追求することもできる。図表5は、国内債券配分比率(35.0%)を保ちながら、キャッシュフローマッチングを行い、他資産への配分比率を変更することによって得られる有効フロンティアを描いた。ただし、リスクは上述したように標準偏差ではなく、期待ショートフォールである点に留意されたい。
図表5 サープラスの有効フロンティア

【タイムホライズン】
企業がOn-goingで続く限り、企業年金制度には終わりはない。すなわち長期のタイムホライズン(時間軸)で資産運用が行われる。企業財務には別の流れが生じている。既述の通り、会計面での変更が、できうる限りの範囲ではあるが「今の価値」を「今」表示することを促している。時価会計、ディスクローズの短期化がその現れである。
年金資産運用と企業財務のタイムホライズンの違いに端を発するこのようなズレあるいはそれによるギャップの影響がもはや放置できない状況となっている。
イギリス基準、アメリカ基準の退職給付会計を用いているプランスポンサーだけでなく、グローバルな管理基準を求めるプランスポンサーにとっても進化したLDI は一考に値するものである。
本稿は企業年金連合会『企業年金』2007年11月号に寄稿したものに著者により修正を加えたものです。 |
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| 以上 |
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