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情報・メディア・通信 (TMT:Technology, Media & Telecommunications)
トピックス 2007.4.11
Thought Leadership
メディア・エンターテインメント業界の戦略的柔軟性
デロイトリサーチ編著/抄訳・訳注:池末 成明
はじめに
本稿は、デロイト トウシュ トーマツ(以下、DTT)の情報・メディア・通信(TMT:Technology, Media and Telecommunications)グループが編集した『メディア・エンターテインメント業界の戦略的柔軟性(原題:Strategic flexibility in media and entertainment)』(2006年6月)の抄訳に、訳注を付記したものである。なお、抄訳の責任は抄訳者が負っており、訳注の意見の部分は私見である。
『メディア・エンターテインメント業界の戦略的柔軟性』は、世界的ベストセラー『イノベーションへの解(原題:The Innovator’s Solution)』の共著者であるDTTのマイケル・E・レイナーが執筆した。このレポートでは、レイナーの『戦略のパラドックス(原題:The Strategy Paradox)』(2007年2月発刊)に示された見解の一端をすでに垣間見ることができる。この書籍でも明らかになるが、この方法論は、メディア・エンターテインメント業界に限らず、さまざまな業界にも適用できる。

パラドックスの解消へ
メディア・エンターテインメント業界における企業戦略の立案は、この業界が抱える「不確定な要素」によって複雑化している。生きた物語を制作するメディア・エンターテインメント業界でさえも、自分の生きる世界のシナリオを書くことが、困難な時代となったのだ。
「戦略的柔軟性」は、1つの具体的な将来像に縛られるのではなく、「不確定な要素」を包括的に捉えた戦略のメソッドである。この戦略のメソッドは次の4つの段階からなる(図1)。

戦略的柔軟性の四つの段階


第1段階:想定
「想定」では、メディア・エンターテインメント業界が直面している「不確定な要素」を洗い出す。次に、洗い出した「不確定な要素」に対する「典型的な例」を挙げ、シナリオを書く。本稿では、「不確定な要素」として「知的財産の保護」、「技術」および「M&Aに関する規制」の3つを選択する(図2)。

訳注:
本稿に掲げた3つの「不確定な要素」は、一例でしかない。実際の「想定」の作業では、それぞれの企業の実情に合わせて「不確定な要素」を洗い出し、最も自社に影響を及ぼす「不確定な要素」を選択する。たとえば、ネットワークの中立性の動向は、「不確定な要素」である。「不確定な要素」の数は、企業や企業内の部門の実情に合わせて、3〜4に絞ることとする。これ以上増やしてしまうと全体の見通しを失う。

不確定な要素の3次元化による場面

知的財産の保護(青のX軸)
デジタル・コンテンツの正規な使用と海賊版(不正な使用)との境界に関する統一した見解はなく、「不確定な要素」となっている。「知的財産を保護」するための方法はふたつの「典型的な例」がある。
行政の「規制」は、「知的財産の保護」を実現する「典型的な例」である。議会や行政に働きかけ、新しい法律を制定させることも「規制」を促進する手段であり、民事訴訟は、「知的財産の保護」を行う規制を実現するための手段である。
「技術革新」も、「知的財産の保護」を実現する「典型的な例」である。たとえば、コピーガードの「技術革新」は「知的財産の保護」を実現する。また、「技術革新」が進めば、海賊行為を断念させるほど低価格でコンテンツの頒布できるようになるだろう。

訳注:
一部の国で始まった低価格に設定した音楽コンテンツのインターネットによる頒布は、海賊版の音楽コンテンツの駆逐を目的としている。

技術(緑のY軸)
コンテンツ配信し使用するための「技術」は、機会と脅威の両方を生み出す。新しい技術は、インターネット、デジタル・ビデオ・レコーダ、第3世代の携帯電話を使ったビデオ、衛星ラジオ、電力線ブローバンド、家庭内ネットなど多岐に渡り、「不確定な要素」となっている。
「限定的採用」は、コンテンツ配信し使用するための「技術」の「典型的な例」である。たとえば、技術の「限定的採用」とは、垂直統合による特定のデバイスを経由して特定のコンテンツを配信することをいう。この「典型的な例」によるサービスは、中期的にはコンテンツ配信を促進するが、いずれ硬直化し、ブロードバンド接続によるコンテンツの配信の多様化も進まなくなり、特定の利用者のみ残るだろう。

訳注:
不確定な要素とは別に、企業の強みや弱みをシナリオを書く場合に検討することも必要だ。提供者にブランド力があれば、「限定的採用」による垂直統合を進めても、特定のファンを維持できる。資本力があれば、さらに多数の利用者を維持できるだろう。このように、シナリオを書く場合、「不確定な要素」とは別に、強みや弱みの検討も必要だ。

「広範的採用」も、コンテンツ配信し使用するための「技術」の「典型的な例」である。技術の「広範的採用」とは、多くの消費者の生活に新しい技術が入り込み、ユビキタス・ブロードバンド・ネットワークによる多種多様なデジタル・コンテンツが大量に配信されることをいう。

訳注:
技術の「広範的採用」を実現するためには、広義のネットワークの中立性や通信と放送の融合の実現が必要となる。メディア・エンターテインメント業界は、公式の発言を見る限り、ネットワークの中立性や通信と放送の融合は、脅威であって、収益の機会とはならないと判断してきたように思われる。しかし、これを「機会だ」と理解して実行に移す既存の大手メディアも登場した。こうした大手のメディアが成功すると、メディア業界の認識は一変するだろう。

「限定的採用」と「広範的採用」のどちらが主流となるかは不確定であり、そのどちらも想定して戦略を立案することが「戦略的柔軟性」の特徴である。もちろん、一方だけを選択して戦略を立案してもかまわないが、時代や世論の流れを無視した判断は、「戦略的柔軟性」のメリットを損なう。

企業構造(赤のZ軸)
現在のところ、各国政府は、メディアへの新規投資を促進するため、独占禁止法と関連法規を緩和する方向に動いているように思われる。しかし、政府や世論は、メディアによるコンテンツ・プロバイダやハードウエア・メーカーも含むM&Aに対し、どのように反応するだろうか。あるいは、メディアがテレコム企業を買収しようとしたとき、政府や世論はどのように反応するだろうか。企業構造に関する政策は、テレコム業界をも巻き込んで各国とも論争があり、「不確定な要素」となっている。「企業構造」での「典型的な例」は、「多様化」と「集中化」の2点である。

訳注:
このように「不確定な要素」の「典型的な例」は、両極端な2つの例にしぼると、次の「シナリオ」を書く作業を簡便にする。

政府の垂直統合のM&Aの規制緩和が進めば、「企業構造」の「多様化」が進む。たとえば、コンテンツの制作から配信までというバリューチェーンのほとんどの段階を1つの企業の傘下で行う企業は、大きな成功を収めるだろう。
政府の水平統合のM&Aの規制緩和が進めば、「企業構造」は「集中化」が進む。たとえば、企業は、同業者の買収による水平統合を進め、規模の経済を追求する。あるいは、垂直分離の政策が強化されれば、バリューチェーンはモジュール化が進むので、自分自身が置かれているバリューチェーンの位置づけを認識した上で、特定の顧客の要求に対するポイントを特定し、そこに資源を「集中化」した企業が成功を収めるだろう。

訳注:
この分類と解釈は特に異論の多いところである。したがって、ぜひ自説をもって、自由に分類し、自由に解釈をしていただきたい。そこの優劣が戦略の優劣となる。

もっともらしい場面
「不確定な要素」の「典型的な例」を三次化し、「典型的な例」の組みあわせると、図2の立方体の8つの頂点が想定される「可能性のある領域」となる。次に、図2の「場面」に対応する企業(または自社の各部門)を想定し、シナリオ(行動の表れ)を用意する(表1)。この「場面」が「戦略を成功に導く条件」となる。
しかし、8つのすべての「場面」に対して「シナリオ」を用意しても混乱を招くだけである。そこで、もっともらしい「場面」を絞り込み、シナリオを書く。

訳注:
「シナリオ」には、何かタイトルをつけると暗号名になり、「シナリオ」を実行するときの作戦名ともなる。「登場人物」は、実名でなく、暗号名を使えば機密の保持にもなる。暗号は、部門によって、名称を変えると、情報漏洩した部門も特定できる。

本稿では、5つの「場面」を選択し、それぞれにシナリオを用意する。そして、5つのシナリオに、それぞれタイトルをつけることにする(図2)。

表1

『氷の微笑』(頂点3)
頂点3(図2)は、技術の「限定的採用」、「技術革新」による「知的財産の保護」、およびM&Aに関する政府の水平統合の規制緩和で「集中化」が進むという「場面」である。この「場面」のために用意するシナリオを『氷の微笑』と呼ぼう。この場面で想定する「登場人物」は、コンテンツを複数の他社のオンラインを含むチャンネルで配信し、限られたセグメントの中での成長目指している独立系レコード会社が挙げられる(表1)。

『スーパー・タッチダウン』(頂点4)
『スーパー・タッチダウン』は、技術の「限定的採用」と「技術革新」による「知的財産の保護」という点で、『氷の微笑』と「場面」の設定が同じである。しかし、M&Aに関する政府の垂直統合の規制緩和で「多様化」が進むと想定する点で、『スーパー・タッチダウン』は『氷の微笑』と、「場面」の設定が異なる。この「場面」で想定される「登場人物」は、新しい技術による変革を行わず、「技術革新」による海賊行為の解消とM&Aによる成長を目指す企業である。たとえば、レコード会社とジョイントベンチャーを進める巨大なコングロマリットの企業が挙げられる。

『あの頃ペニー・レインと』(頂点6)
『あの頃ペニー・レインと』は、技術の「広範的採用」、「規制」による「知的財産の保護」、およびM&Aに関する政府の垂直統合の規制緩和による「多様化」が進むという「場面」のシナリオである。この場面で想定される「登場人物」は、自社のコンテンツを拡充しつつ、VODも導入している大手ケーブルテレビ会社が挙げられる。

『クイック&デッド』(頂点7)
『クイック&デッド』は、ニッチ市場に強い企業や新興企業に有利な、変動の激しい市場が舞台である。この舞台の「場面」では、技術は「広範的採用」、海賊行為に対する「技術革新」が政府の「規制」による制裁措置よりも有効であると想定する。また、M&Aに関する政府の水平統合の規制緩和が進み、垂直統合を規制強化する方向に進むと推定し、「集中化」が進むとする。この場面で想定される「登場人物」は、ニッチ市場に強い企業や新興企業が挙げられる。たとえば、独立系のDVRのサービスプロバイダが役者となる。

『オズの魔法使い』(頂点8)
『オズの魔法使い』は、「技術」と「知的財産の保護」の点で『クイック&デッド』と同じ「場面」を想定するが、M&Aに関する政府の垂直統合の規制は緩和され、「多様化」が進むと想定する。この場面で想定される「登場人物」は、これまでにない購読形式を採用したVODサービスを導入する巨大なコングロマリットの企業が挙げられる。

訳注:
ここまで、原文の意図を汲み取って抄訳してきたが、実際の討議では、本稿での分析にこだわらず、本稿をたたき台として、自由で活発な討議をしていただければと思う。自社にとって直視したくない事実があったとしても、「想定」の段階では、これを排除してはならない。


第2段階:策定
「戦略的柔軟性」の策定では、複数のシナリオに対して戦略を立てるため、手間は増すが、各企業が行ってきた戦略構築の考え方のプロセスを変える必要はなく、プロセスを繰り返せばよい。また、ゲーム理論やデロイトが提唱する崩壊理論などのツールも使ってみるとよいだろう。
本稿では、各シナリオにもとづく戦略の方向性をふたつ紹介する。
『氷の微笑』では、水平統合は可能だが、垂直統合は難しい。新技術の採用も限定的なので、いずれ技術的なイノベーションも止まる。このシナリオでの戦略の方向性は、サービスを集中化した上で、コストダウンとプロセス志向を重視する登場人物が成功するだろう。
『オズの魔法使い』では、知的財産は「技術革新」によって保護され、垂直統合による「多様化」が進む。このシナリオでの戦略のひとつの方向性は、技術革新によってコンテンツの価格を下落させ、安価で合法的なコンテンツの利用を可能にして、海賊版を市場から駆逐する。また、新しい技術が急速に採用されるため、1つの技術しか対応しない登場人物は、舞台の動きから取り残されてしまうので、複数の技術に対応できるようにする。

訳注:
この段階での、もっとも重要なポイントは、各シナリオにもとづく戦略において、不変の要素を抜き出すことである。その不変の要素は、一方の「場面」の共通部分を抜き出すことで対応する。たとえば、『オズの魔法使い』は、「技術」と「知的財産の保護」の点で『クイック&デッド』と同じ「場面」を想定しており、ここが共通または不変の要素となる。このように一見、不確定にみえる要素であっても、シナリオの選択によっては、不変の要素があるので、環境が変わった場合でも、共通ではない要素だけに対応すればよいこととなる。ここが、従来のシナリオ分析との差別化のポイントである。


第3段階:累積
累積では、「リアルオプション」の考え方を取り入れる。本来、リアルオプションとは、投資という将来の予測が不可能な一種のギャンブルにおいて、市場や競争の変化をヘッジし、確実に利益を得るための科学的なメソッドをいう。「リアルオプション」では、オプションが実現できる確率を仮定し、そのオプションを組み合わせ、段階を踏んでオプションを絞り込み、成功する確率を増大させることを目的としている。

訳注:
「戦略的柔軟性」では、表1にあるシナリオ、「場面」と「登場人物」を整理し、「シナリオ」の実現可能性を三段階で評価する。次に、実現可能性の低い「シナリオ」を捨て、または「シナリオ」に変わる新しい「シナリオ」(別の選択肢、すなわちオプション)を記述する。表2に以上のプロセスを整理し、一部抜粋する。表2をみてもわかるように、登場人物はすべての「場面」で登場する。この手続きを踏むことで、各場面による「登場人物」が成功できる可能性をも評価できるわけである。これは競合他社である場合もあり、自社が選択するオプションのひとつであるかもしれない。こうして、とるべきシナリオが決めると、資源を確保し、「蓄積」することとなる。

既存戦略の評価


第4段階:実行
「実行」段階の目的は、ダイナミックな変化の中で具体的な戦略を確実に展開することにある。「戦略的柔軟性」を採用すると、将来に関する想定が間違っていると判明するたびに大幅な変更を実施する必要がなくなり、シナリオの増加/減少/打ち切りといった対応でこと足りる。
シナリオの実行や中止は、企業の幹部が積極的かつ明確に関わっていく必要がある。メディア企業でもメディア以外の企業でも、シナリオの実行の機を逸してしまう場合が実に多いからだ。また、プロジェクトを中止しなければならない場合は、経営者がリーダーシップが何より重要だ。
「戦略的柔軟性」のどのシナリオが適切なのかを決められるのは、経営者だけである。また、それぞれのシナリオによるアプローチを採用することになる時期もまちまちである。

訳注:
おわりに
「戦略的柔軟性」は、プロダクトポートフォリオによる商品戦略を進めてきた製薬業界や電子部品業界において、特に有効なコンセプトだと思われる。また、戦略的柔軟性は、すでに欧州における仮想移動体サービス事業者(MVNO:Mobile Virtual Network Operator)では、使われているフレームワークこそ異なるが、その有効性が確認されている。
しかし、M&Aや著作権に関する規制が変わり、またインターネットの普及により動きが加速している現在、TMT業界の中では相対的に企業規模が小さく、機動力のあるメディア企業こそ、この戦略的柔軟性を有効に使えると思われる。何よりメディア業界が、今後のTMT業界を牽引していくことは間違いない。
たとえば、MVNO向けの戦略的柔軟性では、「トロイの木馬」と呼ぶシナリオがある。このシナリオをメディア業界に当てはめると次のようになる。まず、国内または海外において、メディア企業は比較的小規模な携帯電話会社と提携して、自社のコンテンツを配信するMVNOを開始する。事業の拡大につれて、この携帯電話会社を傘下に収め、急速にメディア産業化するテレコム業界に対抗する。逆に、メディアは異業種から「トロイの木馬」を仕掛けられているかもしれない。こうしたことも、この「戦略的柔軟性」で想定したものだ。
こうした議論は興味深いものであり、私たちは、さまざまな業界の方々とこうした討議を重ねたいと願っている。
デロイトでは、一貫して、通信と放送の融合などのコンバージェンスやネットワークの中立性によるダイバージェンス(アンバンドリング)の果実を得るのは、利用者であって、メディア業界こそが、企業規模の大小を問わず、今後のTMT業界をリードすることになると主張している。一方で、通信はメディアが生み出すコンテンツの流通機能であり、テクノロジーは、メディアとテレコムを支える道具である。
最近では、通信業界がメディアを含む他の業界が生み出すサービスのリーダーとなるべきだという論点もあるが、デロイトではこの論点にもとづく戦略は困難な道だと主張し、メディアがリードすべきだと主張してきた。その認識と責任をメディア業界の方々が抱き、この戦略的柔軟性を正しく生かしていただくことを願って止まない。
以上
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