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第1回 グーデンベルグの発明と複式簿記の広がり−1490年代− |
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| 『ルカ・パチオリ』 |
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複式簿記の起源には多くの説がありますが、「近代複式簿記の父」と呼ばれるルカ・パチオリ(1445年頃〜1514年)の功績は多くの研究者が認めるところです。彼は1494年に著した『スムマ(大全)』という本の中で「ヴェネチア商人が伝える記帳の方法」として複式簿記を紹介しました。そして、まさしくここに書かれた簿記の手法が諸国の簿記の原型となっていくのです。この原理が600年後の今日でもそのまま使われていることは、驚くべき事です。
ルカ・パチオリは数学者、修道僧であり、イタリアン・ルネサンスの担い手の一人として、レオナルド・ダ・ヴィンチと親交があったことも知られています。彼は幼少のころから数学の手ほどきを受け、26歳で数学に関する処女作を著しています。フィレンツェ、ローマ、ヴェネチアなどイタリア各地で数学の教師として教鞭を取り、数学に関する著書を次々と発表しました。
この『スムマ』も数学書として書かれ、簿記は「計算及び記録に関する群論」と題する章で扱われています。内容は当時ヴェネチア商人が利用していた簿記法を詳細に紹介するもので、財産目録の作成、日記帳、仕訳帳における処理、各勘定の取り扱い、決算などの項目についてかなり詳しく記述されています。
パチオリの『スムマ』が簿記の手本として広まったのは、当時の時代背景が大きく影響していました。一つは、当時の最新技術だった活版印刷の普及とちょうど重なっていたことです。グーテンベルグが活版印刷を実用化したのは1454年のことです。この技術によって、それまで手で一冊一冊筆写していた本を大量に作ることができるようになりました。それから40年あまりの短い間に、印刷技術はヨーロッパ中に広がり、その中心地となったのがヴェネチアでした。パチオリは自著を印刷して出版しました。『スムマ』は世界で初めて印刷された簿記の解説書だと言われています。
当時、ヴェネチアは地中海貿易の中心地として栄え、多くの商人たちが行きかう交易都市でした。この交易の中心地ヴェネチアで出されたこの本が、多くの商人たちに読まれたのは自然な成り行きでした。
『スムマ』が広く読まれたもうひとつ理由は、この本がイタリア語で書かれていたことです。当時、本はラテン語で書かれるのが普通でしたが、ラテン語が読めたのは上流階級の教養のある学者や修道僧だけでした。なぜパチオリがイタリア語で書いたのかは分かりませんが、そのおかげでこの書物は広く一般の人々、ベネチアに集まっていた商人たちに読まれ、「複式簿記」は彼らの手によってヨーロッパ中に広がって行くのです。
もし、パチオリがもう50年早く生まれていたら、あるいはイタリア語ではなくラテン語で本を書いていたら、私達は今とは全く違う方法で会社のお金を計算していたかも知れません。 |
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*参考文献
『リトルトン会計発達史』 片野一郎訳/同文館 |
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