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コラム
会計監査今昔物語
第4回 イギリス産業革命と会計監査の誕生
イギリス産業革命と減価償却
18世紀後半から19世紀の半ば頃まで、イギリスでは産業革命が社会のあらゆる側面に大きな影響を与えました。もちろん、会計システムもその例外ではありません。最も大きな変化は『減価償却』という考え方が生まれたことです。産業革命以前も建物や設備などへの支出はありましたが、建物は数百年の耐久性を持ち半永久的に使用できましたし、逆に耐用年数の短い設備はさほど高額になることがほとんどなかったため、日々のやりくりの中で済んでしまっていたのです。

蒸気機関の改良に始まるこの時代の様々な技術革新は、それまでの家内制手工業から機械による工場制手工業(マニファクチュア)に移行をもたらしました。これは機械や工場の建物といった『固定資産』の規模が増大したことを意味します。こういった状況の中から、徐々に流動資産と固定資産を分ける考え方が生まれてきました。また、産業革命を支え、当時の経済に絶大なる影響力をもっていた運河会社や鉄道会社は、この『固定資産』の考え方なしでは、損益計算がそもそも不可能な事業形態をもっていたのです。これらの事業では、巨額の資金を投じた設備そのものが商品価値をもち、それによって上がる利益が初期投資を徐々に相殺していきます。こういった短期的な流動のほとんどない固定資産をいかに損益計算のなかに組み込むかという必要性の中から、『減価償却』という考え方が生まれてくるのです。
会計のプロフェッショナル
この新しい会計システムの萌芽と時を同じくして、「会計士」というプロフェッショナルが誕生します。会計士という職業の成立は19世紀後半と言われていますが、その萌芽は18世紀後半に見ることが出来ます。帳簿の作成や破産財産の管理などの技術を持っていた人々の中には、すでに「会計士(アカウンタント)」を名乗っているものがいましたし、1773年にスコットランドのエディンバラで最初に刊行された住所録にも「会計士」の名前を見ることが出来ます。しかし、この頃の会計士は競売人や仕立屋、食堂の店主、ワイン商人などとの兼任であり、会計士が一つの職業として成り立っていたわけではありませんでした。

職業としての「会計士」が成立したとされる19世紀後半という時期は、会計士協会が次々と設立された時期に当たります。最初の会計士協会が設立されたのは1853年。スコットランドのエディンバラにて結成されました。このエディンバラ会計士協会は国王の認可を得るべく、設立の翌年には申請書を提出。1854年10月23日に勅許を受け、最初の勅許会計士となりました。つまり、初めて公的な許認可を受けた会計士が誕生したのです。

イギリスでは、今でも日本やアメリカで言う公認会計士(CPA:Certified Public Accountant)のことを勅許会計士(Chartered Accountant)と呼びます。またこの称号は、正しくは「勅許を受けた会計士協会の会員」を意味し、資格取得試験も会計士協会への入会試験として位置付けられています。これは、イギリスにおける会計士という職業の成立の歴史を色濃く反映したものなのです。
会計監査の誕生
1ポンド紙幣
シティ・オブ・グラスゴウ銀行発行の
1ポンド紙幣
この頃の会計士の業務の多くは破産に関わる業務でした。監査業務が会計士の主要な業務になるのは19世紀末以降、税務の仕事が監査についで重要な位置を占めるようになるのはさらに第一次大戦中のことです。産業革命に起因する急速な経済発展は激しい景気変動を生み、しばしば恐慌をもたらしました。相次ぐ破産は会計のプロフェッショナルとしての会計士の必要性を高めただけでなく、会計士の法制度化を促すことになったのです。

相次ぐ破産は、それにともなう法制度の整備を必要としました。それまでの株式会社法や有限責任法などをまとめ上げ、「会社に関するマグナカルタ(大憲章)」と呼ばれる1862年会社法は、会社の清算手続きに際して官選清算人を設けることを定めていましたが、この清算人には多くの場合、会計士が選ばれました。このことから1862年会社法は「会計士最良の友」とも呼ばれます。また、これに続く1869年会社法では破産に際して裁判所が債権者総会を招集し、債権者が破産財産を管理する受託人の任命を行うことを定めましたが、この受託人にもほとんどの場合に会計士が任命されたのです。

そして、会計士の職業と立場を決定的なものにしたのが、1879年会社法でした。1878年スコットランド最大の銀行、シティ・オブ・グラスゴウ銀行が突然倒産します。実は、この銀行は無謀な投機により莫大な負債を抱えていましたが、その実体が粉飾決算によって隠蔽されていたのです。さらに、この銀行が「無限責任」会社だったため、多くの株主が破産に追い込まれました。この事件は会社の無限責任の問題と、独立監査の必要性を大きく浮き彫りにしました。これを受けて翌年の1879年に発布された会社法は、この両者を明確に法制度化したのです。

1879年会社法は、「無限責任会社として登記されているいかなる会社も有限責任会社として登記することができる」こと、「全ての有限責任会社として登記される銀行会社の計算書類は、少なくとも年1回監査人によって検査を受けること」を定めました。また、これに加えて、監査人が毎年株主総会によって選任されること、取締役・上級職員は監査人になれないことが定められました。さらに監査人の職務がこう定義づけられたのです。

「監査人は、貸借対照表が充分かつ公正な貸借対照表であって、帳簿にしめされるとおり業務状態に関する真実かつ正確な概観を示すように適切に作成されているかどうかの意見を、監査報告書において表明しなければならない」

当時、すでに会計のプロフェッショナルとして社会的なステイタスを確立していた会計士が、この監査報告書の作成の任に当たったのはいうまでもありません。こうして、会計士の職務である『会計監査』が確立したのです。
*参考文献
『歴史にふれる 会計学』友岡賛著/有斐閣アルマ
『近代アメリカ会計発達史』V.K.ジンマーマン著/同文館
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