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第5回 アメリカ大恐慌と会計制度の発展 |
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| 新大陸へ渡った会計士 |
イギリスで成立した近代会計は、19世紀末、海を渡りアメリカへと伝えられます。これは、アメリカの企業へ投資した巨額の資金の運用状況を確かめたいというイギリスの資本家の希望から、イギリスの会計士がアメリカの産業界へ進出したことが原因です。やがて、鉄道の敷設と外国資本の流入により、アメリカの経済は急成長を果たしました。
当時、アメリカ証券市場は移民によって設立された新興企業が大半を占めていました。イギリスの株式会社が他人資本にさほど頼らなかったのとは対照的に、アメリカの新興企業は、それまでの事業実績がなく、普通株式の引き受け先がなかなか見つからなかったため、事業拡大のための資金調達を社債などに頼らざるを得ませんでした。これらの債権を購入した債権者にとっては、会計士によって提供される会計情報が信頼に足る手がかりだったのです。
しかし、当初は、上場会社は会計報告に外部監査人の監査証明をつけるという原則が守られていたものの、政府やニューヨーク証券取引上の規制も緩やかだったため、徐々にこの原則が無視されるようになり、大恐慌前の20年代には、年次会計報告書を発行しない上場企業さえありました。あるいは、会計報告書は発行されているものの、損益計算書などの、重要な情報が欠けているようなものも多くあったといわれています。一部の専門家は、この状況に対して強い警告を発しましたが、企業も証券取引委員会もニューヨーク証券取引所も真剣に取り合おうとしませんでした。 |
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| 世界恐慌 |
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ニューヨーク証券取引所に集まる
投資家たち/1929年 |
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1929年10月24日、ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落、これが後に「暗黒の木曜日」といわれる世界規模の大不況、世界恐慌の始まりでした。1932年までに、株価は80%以上下落し、1929年〜1932年に工場生産は平均で1/3以上低下、失業率は25%に達し、1200万人にも達する失業者を生み出しました。閉鎖された銀行は1万行以上、 1933年2月には全ての銀行が業務を停止しました。
一方、相次ぐ有名企業や銀行の倒産の中で、大規模な粉飾決算や役員による横領が発覚します。このような状況のもと、ようやく、連邦政府や証券取引所、商工会議所が重い腰を上げ、会計監査システムの整備に動き始めます。やがて32年頃には今日のものに近い会計監査システムができあがり、ニューヨーク証券取引所に上場している1056社のうち701社が外部監査を採用するに至りました。

世界恐慌が会計制度に与えた影響

この大恐慌の中、ニューディール政策を掲げて、フランクリン・ルーズベルトが第32代合衆国大統領に就任します。ニューディール政策において、大恐慌の原因の一つとして、企業の会計情報の不備が上げられ、これを是正するための政策がとられました。
1つ目は、1933年のニューヨーク証券取引所での声明を元に、同年証券法(Truth-in-Securities Act)が制定されました。これは上場申請の際と、上場後の毎決算期ごとに独立の監査法人による監査済み財務諸表と監査報告書の提出を義務付けたものです。
さらに、1934年には、証券取引法(Securities and Exchange Act)が制定され、新しい証券行政機関及び証券取引所に対する監督機関の設立が要請されました。これにより、1934年に証券取引委員会(SEC=Securities and Exchange Commission)が設立されたのです。
この2つの法律は、証券市場で株式を公開する会社は、投資家が適正な投資判断ができるように財務諸表を公開すること、そして公表される財務諸表は公認会計士の監査を受けたものでなければならないことを法的に義務付けました。これは、「投資家のための情報開示」としての会計制度の成立という意味で、画期的な出来事でした。 |
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| アメリカの会計制度の進化 |
大恐慌は、現代アメリカ会計制度の基礎を形作るきっかけとなりました。また、このアメリカ型の会計制度は、第2次大戦以後、GHQによって日本へと移入され、日本の企業会計開示と監査の基礎となっていきました。
さらに、大恐慌以後も、アメリカでは幾度とない不況やそれに伴う不正事件をくぐり抜ける中で、その度ごとに会計制度が見なおされてきました。今日、アメリカには世界最高水準の会計監査システムが作られています。世界一厳しいといわれている会計基準と監査基準があり、上場企業の情報開示も群を抜いて高いレベルが保たれています。また、監査法人同士がそれぞれの行った監査を再点検するピアレビュー制度、会計士と監査法人の活動を監視する民間機関、公的監査審議会(POB)の設立など、会計監査業務そのものの公正さを保つ仕組みも整えられてきました。
しかし近年、エンロンに代表される有名企業の会計スキャンダルを受け、米国の会計制度に対する不信感が再び強まり、大幅な制度改正が検討されています。2002年7月30日に成立したサーベンス・オクスリー法では、企業に対するコーポレートガバナンスの強化が主要な目的となっており、その一環として以下のような外部監査人の独立性の強化に関わる項目が盛り込まれています。
・資金や人材を会計業界に頼っていたPOBに代わる独立監査機関(PCAOB)の設立
・監査法人の監査対象企業に対するコンサルティングなどの非監査業務の禁止
・監査法人の同一監査責任者が5年を超えて同一企業の監査を行うことを禁止
さらに、各州でも独自に監査人の非監査業務を規制する動きが出始めるなど、アメリカの会計制度は再び大きな革新の時期を迎えています。 |
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*参考文献
『近代アメリカ会計発達史』V.K.ジンマーマン著/同文館
『概説アメリカ経済史』岡田康男・永田啓恭篇/有斐閣選書 |
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