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第5回 株式公開 |
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中堅製造会社A社。1980年代初めに創業、バブルの崩壊で危機に瀕したものの、90年代後半に投入した新製品が好評で、ようやく収益が回復。デフレ不況も乗り切って、急ピッチでシェアを拡大しつつある。
「そろそろ上場を、という声があるんだが…」
ある日の午後、社長は長く付き合っている会計士にこう切り出した。
ここでさらに大きく事業を伸ばしていくためには、これまでのやりかたを続けるだけでは無理がある。今のコア事業をさらに伸ばしつつ、新しいマーケットにも出て行く必要があるが、そのためにはかなりの資金が必要となる。出資を身内や取引先などから募ったり、銀行から融資を受けるだけでは不十分。そこで、株式を公開して資金を調達し、経営基盤を強化したい。
「…なるほど。でも、その前に、ぜひ考えていただきたいことがあります」
社長は一瞬怪訝そうな表情を見せた。
「株式公開というのは単なる資金調達ではなく、根本から会社のあり方が変えることなのです」 |
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| 株式公開とは何か |
株式を公開するということは、単に資金調達を意味するのではありません。いったん上場すれば、多くの株主の間で自社の株が売買され、利害関係者はどんどん増えていきます。当然のことながら、その会社は公の顔をもつことになるでしょう。会社は創業者やオーナーのためではなく、不特定多数の株主のために活動をすることになるのです。言い換えるならば、株式公開とはGoing
Public、すなわち「マイ・カンパニー」から「パブリック・カンパニー」への変革を意味するのです。この会社に対する大きな視点の変換が、株式公開の出発点なのです。
株式公開にむけての流れは大きく検討・準備・申請の3つのステップに分かれます。
まず、株式公開への検討段階では、事業計画の策定と公開のメリット・意義についての再確認を行います。また、主幹事証券会社および監査法人(公認会計士)の選定を行います。その上で、監査法人による予備調査によって、課題を抽出し準備段階でなすべきことが確認されます。
次の準備段階では、資本政策の立案が行われます。また、関係会社の整備、役員などの特別利害関係者との取引の整備、ディスクロージャー(情報開示)体制の整備、経営管理体制の整備などが進められていきます。これらの準備を進めながら、公開予定の2年前には金融商品取引法に基づいた監査が実施され、監査証明を取得することになります。
株式上場申請は、申請する証券市場によって手順がそれぞれ異なります。たとえば、ジャスダックへの上場を例に取ると、まず申請に先立って主幹事証券会社による審査が行われ、申請そのものは証券会社が代行する形になります。その後、ジャスダックによる審査が行われ、日本証券業協会から承認を経て、金融庁長官への届け出をし、正式に株式公開ということになります。 |
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「これまでとは比較にならないほど会社の利害関係者が増えます。大げさに言えば、社会全体に対して責任が出てくるんです」
という会計士の言葉に対し、社長は大きく頷いた。 |
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| 株式公開と監査法人 |
一般的に、監査法人が企業とのお付き合いを始めるのは上場直前、具体的には監査証明が必要とされる2年前とされていますが、そのずっと以前から、上場に向けてのお手伝いをすることも珍しくないのです。上場を目指す企業のうち、ゴールである「株式公開」までたどり着く企業はさほど多くはありません。たとえば、ある企業は財務的条件は整えたものの、関係会社などの整備を進めることができずに断念し、ある企業は公開に伴うリスクや管理業務の増加を考慮し、得られるメリットが少ないと判断し別の道を歩みます。
監査法人は、こういった「上場すべきか否か」の判断を経営者が実施できる情報の提供や、管理制度や各種の規定の整備、書類の作成支援、税務関連業務、経営計画の策定までさまざまな支援をおこなっています。
また、監査証明を発行するための正規の監査の前にも、クイックレビューと呼ばれる短期間の調査を行い、大まかな会社の状況を把握して、上場準備のための基礎情報を提供したり、クイックレビューよりさらに時間をかけた予備調査を行い、会社の管理制度などを把握し課題を抽出して具体的な施策へのアドバイスとスタートアップを行うといったサービスを提供しています。 |
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「上場が可能かどうか以前に、上場すべきかどうかを検討する必要があるわけだ」
と社長。
「そうです、上場がその会社にとってベストな方法かどうかは必ずしもわからないので、慎重に判断する必要があります」
と会計士は答えた。 |
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| 株式公開に必要な3つの基本項目 |
「マイ・カンパニー」から「パブリック・カンパニー」へ変えるためには、会社に関する全ての情報を明らかにし、その会社が外部から見ても「信頼に足る会社」としての姿と形を整え、それをアピールしなければなりません。ここから、株式公開を目指す会社がクリアすべき3つの基本項目―(1)ディスクロージャー体制、(2)実績の把握と差異分析、(3)事業計画の策定―が導き出されます。
(1)ディスクロージャー体制
まず、なによりも「会社の今の状態」を明らかにできなければなりません。これには、単に情報を公開するというだけではなく、いかに会社の実情を把握し、計画との差異を分析し、適切な対策を講じることができるかという企業の能力の根幹に関わるものなのです。
(2)事業計画の策定
「会社の今の状態」を的確に捉えるためには、まずそのベースとなる「根拠ある事業計画(利益計画)」を策定する必要があります。単なる努力目標ではなく、確実なデータの積み上げによる客観的な事業計画であることが必要です。
(3)実績の把握と差異分析
適切な情報を適切なタイミングで開示(ディスクローズ)するためには、正しく会社の現状が把握されていなければなりません。事業計画と実績が乖離している場合には、その理由を明らかにし、軌道修正を行う必要がありますし、場合によっては発表した損益予測の修正が必要な場合もあります。
これらの3つの基本項目は、互いに密接に関連していて、どれが欠けても、株式公開が可能な「信頼に足る企業」になることはできません。また、各市場の審査基準も元を辿ればこれらの基本項目が適切になされているかどうかを審査するものです。
監査法人は上記の基礎項目を満たすための豊富な経験やノウハウを持っています。先ほど述べたような、会計に関わる様々な問題点の発見や改善、指導、相談などのサービスは、公開を目指す会社が上記の3つの基本項目をクリアできるように支援するためのものなのです。 |
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一通りの説明が終わると、社長は大きく息をついてこうつぶやいた。
「…大変だとは聞いていたから、それなりの覚悟はしていたつもりなんだが、もっと大きな覚悟をしなければならないようだ」
「それがわかっていただけたなら、もう少し具体的な話に入れますね」
その日、社長室の明かりは夜遅くまで消えることはなかった。 |
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