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不況下における人件費抑制施策と留意点

2009.6.16

著者: トーマツ コンサルティング株式会社(関西) 社会保険労務士 坪井 淳 

リーマンショックに端を発した「100年に1度」と言われる不況が日本企業を隈なく襲っている。ここに来て在庫調整が進んだ感があるものの、景気回復に向けた動向はまだまだ予断を許さない。不安定な状況が続く中、企業にとっては固定費の削減、中でも人件費の抑制は最も頭の痛いテーマの一つであろう。今回は不況期における人件費抑制の施策と実施上の留意点について紹介する。なお、本稿における意見は私見であることを予め申し添えておく。

1. 人件費抑制施策

人件費は人員数、人件費単価、労働時間の積と捉えることができる。不況期に入り業績が怪しくなってくると、企業はこの3つの要素をコントロールすることで人件費を抑制しようとする。【図表1】は一般的な人件費抑制施策を3つの要素別に示したものである。業績の落ち込みが大きいと判断される場合には、初期段階で正社員の削減や給与カットが実施されるケースもあるが、通常は不況の入口段階では比較的着手が容易な短期的施策が実施されることが多い。受注量や生産量の減少に伴う派遣社員やパート・アルバイト等の非正社員の雇い止め、正社員の賞与カットや残業抑制等が一般的であろう。それでもなお削減効果が十分ではないと判断される場合は昇給の凍結や給与カットが行われ、更には給与水準の見直しや給与構成の変更といった中長期的施策が実施されることになる。

【 図表1 】人件費の構成要素と主要な抑制施策
人件費の構成要素と主要な抑制施策

2. 施策実施上生じうる疑問

「具体的な人件費抑制施策がわかれば後は実行あるのみ」と言うのは簡単だが、実際に施策を進めようとする際には次のような疑問が生じてしまい意思決定が鈍ってしまうことが少なからずあると思われる。

1点目は、「不況を乗り切るために、そもそも人件費抑制施策をどこまで実施すればよいのか?」という疑問である。人事担当者にとって最も悩ましいのは、改善効果が中長期にわたる基本給要素まで踏み込んだ抑制施策を行うべきか否かの選択であろう。悩みが生じる主な理由としては、従業員のモチベーションダウンへの危惧が挙げられる。残業代や賞与等の変動費的人件費の抑制とは異なり、人員カットや基本給の水準見直し等の固定人件費にダイレクトにメスを入れる中長期的な施策はモチベーションダウンを引き起こす可能性が高いため、自ずと意思決定は慎重にならざるを得ない。さらに、業績の予測困難性が人事担当者の迷いを助長する。いつ不況が終わるのかがわからず業績の先行きが読めない状況に陥ると、「もしかすると思ったよりも早く景気が回復するかもしれないので、拙速に施策を実施するのではなく取りあえずは様子を見よう」という判断に傾きがちである。しかしながら、ここでの迷いが命取りになりかねない場合もある。中長期的な施策の実施には準備期間を要するため、万一不況が長引き更なる人件費抑制が余儀なくされる状況になった時にタイムリーな実施が難しいからである。

2点目は「そもそも、人件費削減により不況を上手く乗り切ることさえできれば業績は回復するのか?」という疑問である。例えば、成熟期にある業界や今後需要減少が想定される業界においては、比較的着手し易い施策を実施し不況を乗り切ることができたとしても、不況後に利益を維持し続けることができるどうかはわからない。このような業界においてより重要なのは、今回の不況をコスト構造を見直す良い機会と捉え、競争優位性を再確立するための本質的な取り組みに着手することであろう。コストの中でも人件費は目につき易く削減圧力が強くなりがちだが、過度な人件費削減により将来の競争力を削ぐことになっては元も子もない。他のコスト項目の削減の方がより重要と言うことも起こりえる。このような業界においては、戦略的かつ中長期的な視点を持って業績見通しとコスト構造を認識し必要な手を打つことができなければ、生き残ることは困難であろう。

3. 実施上の留意点

では、このような問題点に対処するにはどうすればよいのか?不況期における人件費削減施策を実施する際の留意点を6点挙げ、本稿のまとめとしたい。

(1)自社のコスト構造を再確認する

年齢別人員構成や人件費総額といった基本的な数値は当然のこと、売上高や総コストに占める人件費の割合や損益分岐点売上高、安全率等を再確認しておく。コスト構造を再確認することで、人件費削減の効果や他の費用項目の改善の必要性(例:広告宣伝費の抑制、業務改善による間接コストの削減、等)を理解・検討することができるようになる。

(2)複数の業績シナリオを持ち、それに応じた許容人件費を知る

いざという時にスピード感のある意思決定を行うためには、業績の推移について予めいくつかのケースを想定し必要な対応策を事前に検討しておくことが重要である。少なくとも、世間動向を踏まえた一般的な業績回復を想定する通常シナリオ、不況が長期に渡る最悪シナリオ、一般シナリオよりも短期で回復する最善シナリオの3つぐらいは想定しておきたい【図表2】。併せて、各場合において事業計画の達成や目標とする利益を確保のための許容人件費、即ち、人件費の上限額を知っておくことが肝要である。(1)と(2)の作業を行うことで、中長期視点や戦略的視点から不況対策を認識することが可能になる。

【 図表2 】業績シナリオに応じた人件費抑制

業績シナリオに応じた人件費抑制

(3)シナリオに応じた対応策を準備する

許容人件費と現状人件費がわかれば要削減額が把握でき、その多寡に応じた必要な対応策を検討することが可能になる。残業カットや賞与カット等の比較的着手が容易な策のみで通常シナリオは実現可能なのか、最悪シナリオを想定する場合に許容人件費を満たすためにはどの様な施策でどの程度の抑制が必要となるのか、等を早期に検討しておく。

(4)中長期施策実施時の実施時期を逃さない

特に給与関連の変更は素案作成や労働組合との交渉等で長期を要することが多い上、【図表2】の様に個別施策が期待効果を発するまでは一定の期間を要するため施策実施と同時に期待効果を得ることは難しい。意思決定の遅れを回避し必要なタイミングで効果を発現できるようにするため、(3)を検討した後に個別の施策について着手する条件や指標を予め定めておき、条件に該当した時点で速やかに着手できるようにしておく。

(5)人件費抑制は全社的課題として取り組む

人件費抑制施策の多くは人事部のみで判断・実施することは不可能である。人員削減や基本給の切り下げ、業務プロセス改革や事業再編等の施策が必要となる場合には、事業部門の協力・判断が不可欠となるし、許容人件費の把握には経営企画部門や財務部門の協力が必要になるだろう。組織再編や事業譲渡は言わずもがなである。人件費抑制を人事部門任せにするのではなく、全社的課題と認識した上で施策を進めることが重要である。

(6)法的手続きを適切に実施する

早期退職の実施や給与改革等を行う場合、労働紛争を回避する上で法的手続きの妥当性が極めて重要になる。万全を期すためにも、専門家によるアドバイスを受けることが望ましい。


以上