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海外のM&A事情(3) M&Aとリテンション~従業員・知的財産・顧客リレーション維持のために~

Initiative Vol.29

著者: アイリーン・フェルナンデス Eileen Fernandes (プリンシパル/デロイト コンサルティングUS・サンノゼ事務所)他

翻訳:デロイト トーマツ コンサルティング ヒューマン キャピタルグループ M&Aチーム

はじめに

M&Aは経営者・株主にとって魅力的な経営手段である一方、会社を構成する主体である従業員にとっては、組織に劇的な変化をもたらす脅威としてしばしば捉えられ、必ずしも良い感情を抱かせるものではありません。このことから多くのM&Aにおいて従業員のリテンション(引き留め)が大きな課題となります。

M&Aに対して従業員が抱くネガティブな感情として次のようなものが考えられます。
・ 会社の将来の方向性に関する不安
・ 既存の企業文化が失われてしまうことへの懸念
・ 経営陣に対する不信
・ 買収側・経営陣側からのコミュニケーション不足による混乱
・ 買収に伴うリストラで多くの仲間が去る一方で自分が残ったことについての罪悪感
・ 職務上のストレスや仕事の負荷が増えたことへの不満

M&Aによって従業員は会社に対する信頼が揺らいでしまったり、既存の経営陣に裏切られたような気持ちになったりしがちです。そしてこのようなネガティブな感情を抱いた結果として、離職を考えてしまうのです。

M&Aによって大量の離職者が発生した場合、事業の継続やM&Aの目的達成が危ぶまれるとともに、離職による欠員を埋めるための採用や、知識・知的資源の流出、既存顧客との関係の喪失への対応に非常に大きなコストがかかってしまうことから、従業員のリテンションはM&Aにおける大変重要なテーマといえます。では、従業員を引き留める対策として、どのようなものがあるのでしょうか?

金銭的なインセンティブ

リテンションを目的とした金銭的なインセンティブ(リテンションボーナス)は、M&Aにおいて従業員の離職を防ぐ有効な手段であると一般的に考えられています。実際に多くのM&Aにおいて従業員のリテンション費用は必要不可欠なコストとしてみなされてきました。

しかしながら、金銭的なインセンティブは繰り返し支給され続けない限り、その効果はきわめて短期的であると考えられます。インセンティブの支給だけであれば、多くの従業員はインセンティブを受け取った後すぐに転職を考え始めてしまうかもしれません。インセンティブの支給はあくまでも会社が従業員の信頼を回復するためのきっかけに過ぎません。長期的な信頼を勝ち得るためには、金銭的な手段以外の対策も併せて講じることが大切になります。

では、会社が従業員の信頼を取り戻すための手段として、金銭的なインセンティブ以外にどのようなものがあるのでしょうか。ある国際的なプロフェッショナルサービスファームが2004年に行った、買収に伴うリストラや組織の大きな変化を経験した2,750名の従業員を対象とした調査によれば、従業員の会社に対する信頼やコミットメント、ひいては従業員のリテンションを担保するためには、従業員に対する会社や管理職の支援がきわめて重要であると結論づけています。

会社による支援・取り組み

この調査結果は、多くの従業員にとって会社に尊重・支援されているという実感が、会社に対するコミットメントや忠誠心、また自らの仕事への満足感や意欲の源泉になっているということを示しています。そして自分の仕事が会社にしっかり認識・尊重されているという実感や、会社が自分たちの幸福について真摯に考えているといった実感は、会社による具体的な支援や取り組みを通じて培われると考えられます。

この調査によれば、M&Aのような劇的な組織の変化に際して、会社による次のような支援・取り組みが効果的であるとしています。

  •  信頼できる経営陣による不安の払拭
  •  組織の変化についての十分な情報開示
  •  既存のトレーニング・人材開発プログラムの継続

信頼できる経営陣による不安の払拭
M&Aのような組織の劇的な変化の後において、信頼できる経営陣の存在は多くの従業員にとって重要な要素となります。もし経営陣が信頼に足ると認められれば、従業員たちが抱く不安は少なからず緩和されることでしょう。

尚、経営陣によるコミュニケーションは従業員からの信頼を得るための重要な手段となります。会社が従業員に対してどのような支援を提供するかについて伝えるコミュニケーションは特に効果があると考えられます。さらに、経営陣は従業員に対して顔の見える経営を心がけることが大切であり、また会社の業績目標や従業員に期待する役割を明確に伝えることが信頼を得るための重要な取り組みといえます。

組織の変化についての十分な情報開示
情報開示を進めるにあたっては、場当たり的でない十分に練られたコミュニケーション戦略が不可欠といえます。また実際の情報の開示にあたって、経営陣はM&Aが正しい選択であることの理由を明確に説明するとともに、このメッセージを複数のコミュニケーションチャネルを通して繰り返し伝えることが大切です。

さらに経営陣は、伝えられるべきメッセージが正しく伝えられているかについて常に確認するとともに、従業員との対面によるコミュニケーションが好感度を高める上で有効であること、コミュニケーションの欠如は状況を好転させないばかりか、むしろ悪化させてしまう可能性のあることを十分に認識する必要があります。

既存のトレーニング・人材開発プログラムの継続
会社はM&Aの取り組みを始動するにあたり、費用の節減や財務状況を改善させるため、既存のトレーニングや人材開発プログラムの中断に迫られるかもしれません。一方従業員としては、職務上のパフォーマンスに直接的に関わるトレーニングの継続は、会社が自分たちを大切に考え、自分たちのスキルアップを応援しているという意思の表れであると肯定的に受けとめると考えられるため、慎重な判断が欠かせません。
(尚、欠員の補充など従業員の離職に対処するためのコストは、トレーニングや人材開発を継続する費用より遥かに大きくなりうることからも、これらの中断には十分な検討が必要といえます。)

管理職による支援・取り組み

前述のように、会社による具体的な支援・取り組みによって、従業員は自分たちの貢献が会社に認識・尊重されていることや、自分たちの幸せについて会社が真摯に考えてくれていることを実感します。これと同様に、上司が自分の貢献を認識・尊重しているという実感や、自分の幸せについて真摯に考えているといった実感は、上司による具体的な支援・取り組みによって培われます。

そして、部下の隠れた能力を注意深く見きわめる上司の姿勢や、会社の目標を明確な言葉で伝えたり、部下の成長を励ましたり、必要な情報・リソース・ツールの入手のために部下を支援することは、従業員がM&A後も会社に残るかどうかを判断するうえで大きな影響を与えると考えられます。

このことから、管理職には自分の部下のリテンションに責任をもってもらったり、事業上の業績に比べてこれまで軽視されがちだった部下をマネジメントするスキルを評価の対象としたりすることには、大きな意義があると考えられます。

先述の調査では、上司による次のような支援・取り組みが有効であるとしています。

  • 部下の仕事負荷のモニタリング
  • 部下との定期的なミーティングの実施
  • 部下のパフォーマンスについての定期的なフィードバック

部下の仕事負荷のモニタリング
よくあるM&Aの不幸な結果の一つとして、従業員の仕事の負荷が増加してしまうことが挙げられます。会社は管理職に対して、M&A後における部下の新しい役割について部下と十分に話し合ったり、必要な知識・スキル・ツールを獲得・習得してもらうために支援したりするよう指示することが大切といえます。

部下との定期的なミーティングの実施
従業員に対するシンプルな支援のあり方として、上司と部下による個別面談を定期的に実施し、部下がM&A後の新しい役割や増加した仕事の負荷に対してどのように対応しているかについて耳を傾けることが考えられます。上司は自分の部下が職場で不幸な状況に置かれてしまうことのないよう、このような面談において真摯な気遣いや心配りを示すことが大切といえます。

部下のパフォーマンスについての定期的なフィードバック
会社は人事評価のプロセスを通じて有用な人材を特定できているか、従業員の行動・能力や業績について正しく評価できているかについて、きちんと把握しておく必要があります。このことに加え、管理職による部下一人一人に対する正式なパフォーマンスのフィードバックが徹底されるよう指示することが必要といえます。

多くの従業員は会社に尊重・支援されていると実感してこそ、会社に対するコミットメントや忠誠心を持ち、また自らの仕事に満足し進んで励むということからも、管理職が人事評価の重要性を十分認識し、部下の成長を促進するためのモニタリングやフィードバックに十分な時間とエネルギーを費やすことは、従業員を引き留めるという観点からみても大変重要になります。

最後に

会社がM&A後も知的資源や既存顧客とのリレーションを維持し事業を継続させるためには従業員の引き留めが不可欠であり、このことからもリテンションはどのようなM&Aにおいても重要な課題となりえます。

M&Aにおける金銭的なインセンティブの支給は重要なリテンション手段であり、既に常識にさえなっています。一方で、インセンティブの支給は、自社社員の引き抜きをもくろむ同業他社がしばしば転職を促すために支払う手付金(サインオンボーナス)の魅力度を下げ、結果として引き抜きを抑制するという対抗策としての効果を狙っているとも言えます。

このことを踏まえ、リテンションのインセンティブは、従業員に対して他社へ転職することが必ずしも最良の選択ではないかもしれないと感じてもらいつつ、M&Aがもたらす価値を実感してもらうまでの時間を確保するための対策である、ということを念頭に設計されるべきと考えられます。

また金銭的なインセンティブの限界を十分に理解する必要があります。インセンティブの金額と従業員の士気や忠誠心は必ずしも比例しません。むしろリテンションのインセンティブは、上司による支援の提供、今後の事業に関する明確な情報の共有、成長・学習機会の提供、コミュニケーションの実施といった取り組みに先駆けて、「会社は従業員に対してきちんとした対応をしようとしている」ということを従業員に示す「きっかけ」の一つとして捉えるべきです。

会社はインセンティブに加えて、M&A後の新しい組織のビジョンを示すとともに、M&Aが事業の成長や継続的な活力の維持につながり、結果として従業員全員にとって有益であることを明確に伝えることが大変重要になります。

会社や管理職層はM&A後の従業員の離職を抑制すべく、中長期にわたる適切な支援・取り組みを通じて従業員のコミットメント向上や引き留めを行う必要があります。これらの取り組みを行ってこそ、重要な人材や知的資源、顧客とのリレーションを維持することができるのです。

デロイトは従業員の離職を抑え、会社への信頼の維持・回復に貢献するためのサービスを提供しています。

  • デューデリジェンス
    ・ 求められる従業員像の定義
    ・ 高業績者および重要なポジションの特定
    ・ リテンション戦略・プログラムの策定
  •  統合アドバイザリー
    ・ コミュニケーション戦略の策定
    ・ 人事評価制度・プロセスの設計
    ・ 人材育成プログラムの設計
    ・ リーダーシップコーチング
    ・ 従業員ディスカッションのファシリテート
    ・ 従業員サーベイの設計と分析
  • PMO
    ・ 経営の移行支援
    ・ 組織間コミュニケーションの改善の支援
    ・ 統合アクティビティ円滑化の支援

 

組織・人事コンサルティング~ヒューマン キャピタル 各種サービスに関するお問い合わせ

DTC_HC@tohmatsu.co.jp

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※本記事はデロイトコンサルティングUSのM&Aチーム作成の「Retention After a Merger Keeping your employees from 'jumping ship' and your intellectual capital and client relationships 'on board'」を翻訳したものです。

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