ASEAN域内における2009年のM&Aの動向 第3回ベトナムおよびフィリピン (2010.1.26) |
3回に亘ってアジア諸国の中のASEAN域内でのM&Aの動向を検討してきた。第1回は、地理的に隣接しているシンガポール及びマレーシア、第2回は、同じASEAN諸国の中でも外需主導型(タイ)と内需主導型(インドネシア)という異なる経済構造であるタイとインドネシアを取り上げた。最終回の今回は、分析対象としている6カ国のなかで、GDPの規模が下位2ヶ国であるベトナムとフィリピンを取り上げる。
1.ベトナムおよびフィリピンの経済概況


ベトナムの2008年名目GDP USD90Bに対してフィリピンはUSD167Bと(図1縦軸)、フィリピンはベトナムの2倍弱の経済規模であるが、GDPの成長率で比較するとベトナムの6.2%に対してフィリピンは3.8%と(図1横軸)ベトナムの経済成長率が高いことがわかる。ベトナムは経済規模は小さいながらも、ASEAN諸国の中ではインドネシアと同様6%台の高い経済成長率を示しているのである。ただし、1人当たりのGDPを見ると(図1バルブの大きさ)、ベトナムが1,040USD、フィリピンは1,866USDであり、両国ともに生産性は低く、ベトナムの1人あたりGDPはシンガポールの約40分の1の規模、フィリピンで約20分の1という規模である。輸出面では、フィリピンの輸出は、GDP比が29.4%と極めて低い数値を示している(図2)。フィリピン経済は「大家族主義」の影響で、海外労働者からの送金に支えられた内需主導型の経済構造であるためと考えられる。
2. IN-IN(イン・イン)
買収対象会社及び買収会社がともにベトナムもしくはフィリピンの会社のケースを分析する。
1) 件数
2009年にアナウンスがなされたM&A案件は4件、うち既にクローズしている案件は1件である。更に2008年にアナウンスされ2009年にクローズした案件は無いため、2009年の分析対象となるIN-IN案件は4件である。シンガポール・マレーシアのIN-IN案件が16件、タイ・インドネシアが12件であることと比較すると、ベトナム・フィリピンでのM&Aはまだ少ないことがわかる。
2) Deal Size(規模)
IN-IN案件4件中、最大のディールはフィリピンのDMCI Holdings IncがCalaca coal-fired power plantをUSD362Mで取得することに合意した公表した案件である。一方最小のディールサイズはUSD129Mであり、平均ディールサイズはUSD235M程度である。シンガポール・マレーシアのIN-IN案件の平均はUSD190M、タイ・インドネシアの平均がUSD167Mであったことと比較すると、案件数は少なかったものの、2009年は平均のディールサイズが大きかったことが伺える。なお、2008年のIN-IN案件5件の平均はUSD276Mであり、2008年も同様の傾向であったことがわかる。
3) べトナム・フィリピンの内訳および業種
IN-IN案件4件中、3件はフィリピン国内でのディール、1件がベトナム国内でのディールであった。2008年にアナウンスされたディール5件は全てフィリピン国内でのディールであったことからも、ベトナムでの国内案件はまだ少数であることがわかる。
なお、業種については、フィリピン国内案件3件のうち2件はエネルギー関連、2008年も5件中4件はエネルギー関連であったことから、フィリピンでのM&Aの特徴は、エネルギー関連企業を対象としたM&Aが中心であるといえる。
4) クローズ案件
| Closing Date | 対象会社 | 買収会社 | Deal Size M USD | 案件の概要 |
| 07/10/2009 | Manila Electric Company | Metro Pacific Investments Corp | 303 | フィリピンの投資会社であるMetro Pacific Investments Corpがフィリピンの電力会社であるManila Electric Companyの10.16%相当の株式を取得した |
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出典 Merger Marketをもとに筆者集計 |
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3. IN-OUT(イン・アウト)
ベトナムもしくはフィリピンの会社が、ベトナムおよびフィリピン以外の会社に買収を仕掛けているケースはなかった。2008年はフィリピンの会社が中国の不動産関連の会社に買収を仕掛けているケースが2件あったのみである。ベトナムもしくはフィリピンの会社が外国企業を買収するケースは非常に限定的であことがわかる。
4. OUT-IN(アウト・イン)
ベトナムおよびフィリピン以外の会社が、ベトナムもしくはフィリピンの会社に対して買収を仕掛けているケースを分析する。
1) 件数
2009年にアナウンスがなされたM&A案件は4件、うち既にクローズしている案件は3件である。ただし、1件については経緯は不明であるものの、2008年中に既にクローズしている案件が2009年になってアナウンスされたものであるため、2009年の分析対象から除くこととする。従って、2009年の分析対象となるOUT-IN案件は3件、うち2件がクローズしている。
2) Deal Size(規模)
OUT-IN案件3件中、最大のディール はHSBC Insurance (Asia-Pacific) Holdingsが、ベトナム政府からBaoViet Holdingsの株式8%をUSD108Mで取得するオプションを行使したと公表した案件であった。一方最小のディールサイズはUSD50Mであり、平均のディールサイズはUSD77Mであった。
3) 対象会社所在国および業種
OUT-IN案件3件は全てベトナム企業が買収対象となったケースである。業種は、製造業、銀行、保険会社であり、金融業が2件含まれている。2008年は、OUT-IN案件8件のうち、ベトナム、フィリピンはそれぞれ4件づつであった。なお、ベトナム4件のうち、2件は銀行が買収対象となっていた。従って、2008年および2009年で外国企業によるベトナムの銀行を対象としたM&Aが3件アナウンスされているが、主としてマイノリティ(6%~15%)出資で、ディールサイズは100億円前後であった。
4) 買収会社所在国
OUT-IN案件3件は、韓国、台湾、香港の企業による買収であった。2008年を含めても日系企業が関係したM&Aの案件はなかった。
5) クローズ案件
| Closing Date | 対象会社 | 買収会社 | Deal Size M USD | 案件の概要 |
| 24/07/2009 | Asia Stainless Corporation | POSCO | 50 | 韓国の製鉄会社であるPOSCOが、ベトナムのステンレスメーカーであるAsia Stainless Corporationの90% 相当の株式をUSD50Mで取得した |
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| 27/10/2009 | Chinfon Commercial Bank Co Ltd | Taipei Fubon Commercial Bank | 78 | 台湾のTaipei Fubon Commercial Bankが、台湾のChinfon Commercial Bankのベトナム支店をUSD78Mで買収した |
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出典 Merger Marketをもとに筆者集計 |
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5. 要約
ベトナムおよびフィリピンにおいて、2009年にアナウンスがなされたM&A案件を整理すると、以下のとおりとなる。
| 分析件数 | 平均Size | クローズ 件数 | 対象会社の所在国 | 買収会社の所在国 | 対象会社の業種 |
| IN-IN | |||||
| 4件 | 235M USD | 1件 | ベトナム:1件 フィリピン:3件 |
ベトナム:1件 フィリピン:3件 |
2業種 3件:エネルギー |
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IN-OUT |
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| 0件 | |||||
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OUT-IN |
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| 3件 | 77M USD | 2件 | ベトナム:3件 | 韓国、香港、台湾 | 2業種 2件:金融 |
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シンガポール・マレーシアの案件は、IN‐INが16件、IN-OUTが14件、OUT-INが9件、タイ・インドネシアは、IN‐INが12件、IN-OUTが3件、OUT-INが11件であったことと比較すると、ベトナム、フィリピンの企業が関係するM&Aは、ASEAN域内のなかでも特に少ないことがわかる。
6. 今後の動向


ベトナムは昨年秋のリーマンショックを経ても、他のASEAN地域の国と比較して相対的に高成長を持続できた。輸出面をみると、ベトナム投資ブームを背景に、メーカーが生産をベトナムに移管する動きがリーマンショック後も依然続いていたこと、また輸出品目は低級品が多く、先進国の景気悪化によるマイナスの影響が大きかった中高級品を多く輸出していた国と比べると、ベトナム製品に対する需要は相対的に堅調推移となったことなどが考えられる。内需面を見ると、プライム・レートの切り下げ等の金融緩和と、大規模な財政面からの景気対策により、建設投資を中心に内需拡大が促されたと考えられる。なお、株価も既にリーマンショック以前の価格に戻ってきている。2009年10月から日越経済連携協定(EPA)が発行されたことにより、両国間での関税の撤廃・削減の実行や、サービス貿易の自由化で連携を強化するだけではく、入国や滞在に対するハードルも低くなるものと思われる。これまでの生産拠点としてのベトナムの位置づけから、ベトナムの内需に沿ったビジネスに移行することを目的としたM&Aが日系企業によりなされる可能性は十分にあるように思われる。
フィリピンの輸出品目は、半導体を中心とする電子機器であるため、世界需要に大きく受けやすいものの、輸出依存度がアジアの中でも低い国であるため、相対的に世界的な景気後退の影響を受けにくかったと考えられる。また、GDPの1割強の規模を持つ海外労働者からの送金は、ペソ安の影響により送金額が増加し、個人消費の底堅さを支えたものと思われる。なお、株価はベトナムと同様に既にリーマンショック以前の水準に戻っている。ただし、政治不安や貧困問題、脆弱な財政ポジション等、ネガティブな要因の存在により、今後急激にフィリピンへの投資が増加するとは考えにくいものの、キリンホールディングスによるサンミゲルビールの買収のように、フィリピン企業が戦略的投資先となるようなM&Aは行われていくものと思われる。
7. ASEAN域内でのM&Aの総括
今回まで3回に亘ってDeloitteが主として対象としてる中規模サイズ(USD50M~USD500M)のASEAN域内でのM&Aの傾向について分析してきた。シンガポール・マレーシアの案件は他のASEAN地域よりも多く、IN-IN、IN-OUT、OUT-INのどのタイプの案件も多かった。タイ・インドネシアについては、インドネシア企業による国内案件(IN-IN)が多く、また金融業を買収対象とするようなOUT-INの案件も多かった。しかし、タイやインドネシアの会社が外国企業に対して買収を仕掛けるIN-OUTの案件は他のM&Aのタイプと比較するとまだまだ少ないのが現状である。ベトナム・フィリピンについては、圧倒的に他の地域と比較するとM&Aの件数は少なかった。ベトナム・フィリピンは、今回の分析対象とした国の中でも、経済規模が下位2ヶ国であり、経済発展が遅れていることから考えても、フィリピン企業がM&Aを成長戦略の1つと捉えて積極的に投資する以前の段階とも想定される。更に、外国企業にとっても、政治的不安等のカントリーリスクがあるため、他のASEAN国と比較すると参入の優先度は下がると捉えていることが想像される。ただし、今回の分析対象とした中規模ディール(USD50M~USD500M)の範囲外であるため本稿には記載していないものの、キリンホールディングスによるサンミゲルビールの買収は、日系企業が行ったディールの中でも2009年を代表するディールの1つであったことを付言しておく。
以上より、同じASEAN域内といっても、M&Aの傾向は大きく異なっており、また各国の政治・経済状況も異なることから同様に論じることはできない。しかし、概して日本の経済成長率と比較するとASEAN諸国には経済成長率は高い国が多く、また人口が多いことから考えても潜在的な成長率は高いことが予想されるため、日系企業にとって重要な投資先であることは間違いないとものと考えられる。
| 分析件数 | 平均Size | 対象会社の所在国 | 買収会社の所在国 | 対象会社の業種 | ||
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IN-IN | |||||
| 16件 | 190M USD | シンガポール:5件 マレーシア:11件 |
シンガポール:5件 マレーシア:11件 |
10業種 4件:コンシューマー、3件:農業関連 |
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| IN-OUT | ||||||
| 14件 | 160M USD | 中国:6件 インドネシア:2件 オーストラリア:2件 |
シンガポール:10件 マレーシア:5件 |
8業種 4件:金融業、2件:エネルギー |
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| OUT-IN | ||||||
| 9件 | 230M USD | シンガポール:8件 マレーシア:1件 |
香港:5件 | 10業種 4件:コンシューマー、3件:農業関連 |
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IN-IN | |||||
| 12件 | 167M USD | タイ:2件 インドネシア:10件 |
タイ:2件 インドネシア:10件 |
5業種 5件:マイニング、2件:エネルギー |
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| IN-OUT | ||||||
| 3件 | 204M USD | オーストラリア:2件 シンガポール:1件 |
インドネシア:2件 タイ:1件 |
3業種 マイニング、輸送、レジャー |
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| OUT-IN | ||||||
| 11件 | 210M USD | タイ:5件 インドネシア:6件 |
日本:3件 中国・香港,マレーシア:2件 |
5業種 6件:金融、2件:マイニング |
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IN-IN | |||||
| 4件 | 235M USD | ベトナム:1件 フィリピン:3件 |
ベトナム:1件 フィリピン:3件 |
2業種 3件:エネルギー |
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| IN-OUT | ||||||
| 0件 | ||||||
| OUT-IN | ||||||
| 3件 | 77M USD | ベトナム:3件 | 韓国、香港、台湾 | 2業種、2件:金融 | ||
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注)
Merger MarketでAnnounced Dateが2008年および2009年のデータに基づいて分析している。
2009年のデータは、2009年10月末までにアナウンスされた情報を用いている。
DealサイズがUSD50M~USD500MのM&Aを対象としている。
参照)
第一生命経済研究所 マクロ経済分析レポート
財団法人 国際金融情報センター トピックスレポート
みずほアジア・オセアニアインサイト
Economist Intelligence Unit Country Report
JETRO Web「基礎的経済指標 2008年」
以上
> ASEAN域内における2009年のM&Aの動向 第1回
~シンガポールおよびマレーシア~
> ASEAN域内における2009年のM&Aの動向 第2回
~タイ・インドネシア~
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