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2010.07.30 地方公営企業会計制度の見直しが自治体病院会計に与える影響

著者: 公認会計士 伊藤 学

1. はじめに

総務省から平成21年12月24日に公表された「地方公営企業会計制度等研究会報告書(PDFファイル)」(以下、「報告書」という)によれば、地方公営企業の会計制度については、企業性を発揮する環境の整備に留意しつつも、大規模な施設整備を多額の企業債により推進する等の必要があった地方公営企業の特性を踏まえ、地方公営企業独自の仕組みがとられてきた。その一方で、地方公営企業の会計基準は昭和41年以来大きな改正がなされておらず、その結果、地方公営企業会計と企業会計の制度上の違いが近年大きくなっており、相互の比較分析を容易にするためにも企業会計制度との整合性を図る必要が生じている。
以下では、地方公営企業会計基準の見直しが自治体病院の会計に与える影響について検討する。なお、本文中の意見に関する部分は私見であることを申し添える。

2.基本的な考え方

報告書では、今回の見直しに当たっての基本的な考え方として、以下の3点が挙げられている。

  • 現行の企業会計原則の考え方を最大限取り入れたものとすること
  • 地方公営企業の特性等を適切に勘案すべきこと
  • 「地域主権」の確立に沿ったものとすること

上記3点の中では「現行の企業会計原則の考え方を最大限取り入れたものとすること」が特に重要と考えられる。というのも、近年、自治体病院の組織形態として地方独立行政法人や指定管理者を選択する自治体が増えおり、地方独立行政法人に適用される地方独立行政法人会計基準では企業会計の最新の基準を取り入れている。また、指定管理者に多い社会医療法人や医療法人で適用される病院会計準則も企業会計の最新の基準を踏まえたものとなっており、地方公営企業の会計基準だけが企業会計の最新の基準を取り入れていない状況にある。
地域住民に同等の医療サービスを提供している公的な病院間で会計基準が異なるのでは、病院間の経営状況や財政状態の比較が困難になる。そこで、地方公営企業の会計基準を改正により、病院間の比較を可能にすることが報告書の目的となっており、地方公営企業会計の見直しに当たって、「現行の企業会計原則の考え方を最大限、取り入れたものとすること」が求められているのである。

報告書では、現行の企業会計原則の考え方を取り入れるため、企業会計原則と地方公営企業会計で大きく異なる点として、下記を具体的な検討事項としている。

  1.  借入資本金の負債計上
  2. 任意適用が認められている「みなし償却制度」は廃止。償却資産の取得に伴い交付される補助金、一般会計負担金等については、「長期前受金(仮称)」として負債(繰延収益)計上した上で、減価償却見合い分を順次収益化
  3. 退職給付引当金の引当てを義務化(期末要支給額による算定を可とする)
  4. その他
    ・原則として新たな繰延資産の計上は不可
    ・たな卸資産の価額について、時価評価を義務付け
    ・公営企業型地方独立行政法人減損会計と同様の減損会計を導入
    ・リース取引に係る会計基準を導入
    ・セグメント情報の開示を導入
    ・キャッシュ・フロー計算書の作成を義務付け
    ・負担区分の状況等の経営情報が財務諸表に明示されるよう、勘定科目を見直す。

以下では、上記のうち会計基準の変更による影響が大きい項目について考察する。

3.会計基準の変更が自治体病院会計に与える影響

  1. 借入資本金の負債計上
    『借入資本金とは、①建設又は改良等の目的のために発行した企業債、②建設又は改良等の目的のために他会計から借り入れた長期借入金に相当する額をいう。』報告書では、借入資本金を負債に計上し、一年以内に返済期限が到来する債務は、流動負債に分類するとしている。
    報告書では、「会計の見直しにより指標が変動することは、制度の円滑な導入という観点からは適当ではないことから、今回の見直しが指標に影響することがないよう、必要な調整を行うこととする」として健全化判断基準等に配慮している。具体的には、資金不足比率の算定上、企業債のうち翌年度に償還期限が到来するものの額は、流動負債の額から控除することが示されている。
  1. みなし償却制度
    報告書では、『①任意適用が認められている「みなし償却制度」は廃止』し、『②償却資産の取得に伴い交付される補助金、一般会計負担金等については「長期前受金(仮称)」として負債(繰延収益)に計上した上で、減価償却見合い分を順次収益化』することとしている(以下、「新会計処理方法」という)。
    みなし償却とは地方公営企業の固定資産の取得に当たって補助金を受けた場合に、取得価額から補助金相当額を控除した額を基礎に減価償却を行うことをいう。この場合、補助金相当額については当該固定資産が除却されるまで減価償却されることなく、資本の部に計上した補助金と両建てで維持されることになる。このみなし償却を採用している自治体病院では、新会計処理方法を適用した場合であっても損益面では影響が生じないが、貸借対照表の取扱いは異なることになる。
    他方、みなし償却を採用していない自治体病院では、現行、取得価額を基礎に減価償却費を計上しているが、新会計処理方法を適用した場合、従来は資本剰余金に計上していた補助金が減価償却期間にわたり収益として計上されることとなるため、貸借対照表の取扱いだけでなく、損益面で影響が生じる点に留意が必要である。
  1.  引当金
    報告書では、退職給付引当金の引当てを義務化することとしている。
    企業会計原則注解18によれば、将来の特定の費用または損失であって(要件1)、その発生が当期以前の事象に起因し(要件2)、発生の可能性が高く(要件3)、かつ、その金額を合理的に見積もることができる(要件4)場合には、適正な期間損益の見地から当期の負担に属する金額を当期の費用または損失として引当金に繰入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負債の部または資産の部に記載するものとされている。
    退職給付は基本的に労働協約等に基づいて従業員が提供した労働の対価として支払われる賃金の後払いであると考えられており、勤務期間を通じた労働の提供に伴って発生する。よって、退職金は将来の費用であり(=要件1を満たす)、当期以前の労働の提供に伴って発生し(=要件2を満たす)、通常の職務状況であればその支払いがなされ(=要件3を満たす)、その金額は通常合理的に見積もることができる(=要件4を満たす)ため、引当金としての4要件を満たす。
    以上より、退職給付はその発生した期間に費用として認識することが必要とされる。
    現状、多くの自治体病院で退職給付引当金が計上されていないが、病院事業は従事する職員数が多いため、退職給付引当金の引当てが義務化されると巨額の負債を計上しなければならなくなる。ある自治体で、地方公共団体の財政の健全化に関する法律に基づく指標の算定のため、病院事業の退職給付引当金の要引当額を計算したところ、8,336百万円と算定されたが、地方公営企業の決算では退職給付に係る引当金は計上されていない。
    計上不足額は適用時点で一括計上することが原則とされているが、この自治体のように職員数の多い病院事業では不足額が巨額となることが予想されるため、経営状況に応じて当該地方公営企業職員の退職までの平均残存勤務年数の範囲内(最長15年)での対応を可能としている。
    なお、報告書では、退職給付引当金以外の引当金についても、『引当金の要件を満たすものについては、引当金を計上するものとする』としている。具体的には、賞与引当金、修繕引当金、貸倒引当金等の計上が必要と考えられる。引当金は従来の地方公営企業会計ではあまり重視されていない項目であり、引当金というものを理解した上で、適切な計上基準を設定することが要請される。
  1. その他
    以上のほか、挙げられている項目のうち重要性が高いと思われる3項目を検討する。

    i. たな卸資産の価額
    報告書では「たな卸資産の価額については、時価が帳簿価額より下落している場合には当該時価とする、いわゆる低価法を義務付け」としている。
    病院では薬剤や診療材料がたな卸資産に該当する。薬剤には薬価、診療材料には償還価格が診療報酬として設定されており、これが帳簿価額と比較すべき時価(=正味売却価額)に当たると解される。診療報酬は隔年で改定されるが、近年、薬価等はマイナス改定が続いていることから、改定年度の直前年度末においては、低価法に抵触するたな卸資産の有無に留意する必要がある。

    ii. リース取引に係る会計基準を導入
    報告書では「地方公営企業会計に、リース会計を導入することとする」としている。病院では医療機器の導入に際してリース取引を活用することが多いが、リース取引の実態は割賦購入と類似しており、リース取引を賃貸借取引としたのでは、その取引実態を決算書に的確に反映することはできないためである。

    iii. セグメント情報の開示を導入
    報告書では「地方公営企業会計に、セグメント情報の開示を導入することとする」としている。これは、業績評価のための情報提供等による議会・住民に対する説明責任を果たす観点から、その業務の内容が多岐にわたる場合、区分及び開示内容について適切なセグメントに係る財務情報を開示することが求められるためである。
    特に、複数病院を抱える都道府県立病院においては影響が大きいものと考えられる。複数病院を有する場合のセグメント区分は病院単位が通常であるが、病院間で共通に発生する共通経費の各病院への按分方法が問題となりやすいからである。

    以上をまとめると以下の表に集約できる。

図表1 企業会計を軸にした現行の地方公営企業会計と見直し案の比較

  地方公営企業会計(現行) 企業会計 地方公営企業会計(見直し案)
借入資本金 制度あり 制度なし 制度なし
補助金等により取得した固定資産
・みなし償却
・圧縮記帳(注)
・みなし償却制度あるが任意
・圧縮記帳なし
・みなし償却制度なし
・圧縮記帳あり
・みなし償却制度なし
・圧縮記帳なし
引当金
・退職給付引当金
・その他の引当金
・退職給与付引当金の規定あるが任意
・修繕引当金の規定あるが任意
・退職給付引当金の義務づけ
・要件を充たす引当金は義務づけ
・退職給付引当金の義務づけ
・要件を充たす引当金は義務づけ
たな卸資産の価額 取得原価で評価 時価で評価(低価法) 時価で評価(低価法)
セグメント情報の開示 開示義務なし 開示を義務づけ 開示を義務づけ

(注) 国庫補助金や工事負担金等で取得した資産について、その取得価額から国庫補助金等に相当する金額を控除(圧縮)した額を帳簿価額とすることをいう。

具体的な会計処理方法や開示内容での差異はあるものの、地方公営企業の会計基準の改正により、地方公営企業会計(見直し案)は、企業会計や地方独立行政法人会計(公営企業型)と大きな差異がなくなることになる。これにより、公的病院間の比較が可能になるだけでなく、民間企業と同じ目線で財務的な評価・分析をすることが可能になるとも言えるのである。

以上

 

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