2010.05.24 Thought Leadership 企業のIT調達の変貌 |
情報通信機器のベンダーは、法人市場を開拓してから消費者市場に進出してきた。ところが最近、その流れが逆転し、ベンダーは消費者市場から法人市場に進出するようになった。この逆転のひな型は、企業内部にも及び、今後は従業員の望むソフトウェアや端末を購入できるようになるだろう。
このトピックスは、デロイト トウシュ トーマツの情報・メディア・通信(TMT:Technology, Media and Telecommunications)グループが編集した『Telecommunications Predictions 2010』から、企業の情報通信機器の調達の新しい流れに関するテーマを意訳したものである。このトピックスは主に欧米市場の調査にもとづくものである。なお、訳注の意見の部分は訳注者の私見である。
消費者市場から法人市場へ
過去、情報通信機器のベンダーは、最新の製品の販売を始める場合、まず企業顧客、なかでもIT部門に対して営業を行い、その後、消費者市場に販売してきた。法人市場は製品価格も高価で利幅のある市場であった。一方、消費者市場は法人市場より製品は低価格で利幅は低いが、大量販売によるスケールメリットで、ベンダーは利益を得てきた。
この伝統的なビジネスモデルはここにきて一転している。大手半導体メーカーは企業向けの情通信機器ではなく消費者向けの端末用に、最先端の製造技術を使っている。ソーシャルネットワーク用の企業向けソフトウェアも、まず消費者市場で導入され、その有効性が実証された後、法人市場に導入されるようになった。
訳注1:ソーシャルネットワークとは、インターネット上で個人間の交流を支援するサービス。日本では代表的なサービスにmixiがある。たとえば利用者はネット上に日記を書き、アルバムに写真を掲載し、他の利用者がコメントできるようになっている。他にコミュニティという同じ興味を持った利用者のネット上の集会場では、イベントの告知やアンケートの集計もできる。2009年頃からはオンラインゲームも盛んになった。他にもさまざまなサービスが用意されている。利用料は無料であるが、日記の編集機能の強化やメッセージなどの大量保存など、付加的なサービスを受ける場合は有料になることが多い。またtwitterもソーシャルネットワークのひとつである。デロイトでは、社内だけで使うソーシャルネットワークを導入している。欧米では、メディアやテレコム業界、ネット業界を中心に社内向けのソーシャルネットワークを導入している企業が多い。
訳注2:この流れは、かつてPCでも生じた。破壊的革新を引き起こす製品は、消費者市場から法人市場への流れることが多く、電話もインターネットも例外ではない。しかし、そのテクノロジーの源流は軍事産業や航空宇宙産業で誕生することが多い。
ITの調達は従業員の自由に
過去、IT部門は、全社共通のデスクトップPCかノートPCを採用して従業員に貸与してきた。同様にソフトウェアもIT部門が決定し、従業員は自由にソフトウェアを選ぶことはできなかった。ところが最近になって、IT部門は、IT部門が提示する範囲ではあるが、従業員が選択できるPCやソフトウェアの幅を広げるようになった。従業員に現金を渡して、自分で欲しいPCを購入させている企業さえある。
この逆転現象は、携帯通信、特にスマートフォンで顕著に見られる。通常、通信のトータルコストは企業の費用の中でも上位を占める。しかし、一度、機会があれば調査していただきたいのだが、各企業の固定電話の通信費が大きく下落する一方、携帯電話の通信は上昇している。そこで企業は、モバイルキャリアをひとつに標準化し、限られた端末を選択することでコスト管理してきた。つまり従業員は携帯電話を自分で選ぶことはできなかった。しかし従業員によっては、自分が使いたい携帯電話を、自分がコストを負担してでも、仕事にもプライベートにも使うようになった。このため企業は、従業員それぞれが望むスマートフォンを企業の経費で利用することを認めるようになってきた。こうした流れを育んできた市場がある。プロシューマー市場である。
訳注:プロシューマー(prosumer)とは、たとえば家庭でデザイン、プログラム開発、原稿執筆やホームページの作成などを行う知的生産に従事する事業者をいう。すなわちプロシューマーとは、生産活動を行う消費者であり、生産消費者ともいう。プロシューマーは生産者(producer)と消費者(consumer)とを組み合わせた造語である。アルビン・トフラーが1980年に『第三の波』(日本放送出版協会)で発表した概念。
プロシューマー市場の台頭
プロシューマー市場は大きな成長市場で、米国だけで1,400万ユーザーがいるとみられる。今やスマートフォンメーカーは、プロシューマー売上から半分以上の新規加入者を獲得している。多くの従業員は会社がサポートし、端末の代金や通話料を支払ってくれる自分の好みのスマートフォンを持ちたがる。過去においては企業のITネットワークにプロシューマー電話を接続させない企業もあった。しかし今後、常に歓迎するわけではないが、より多くの企業が、従業員が仕事用の携帯電話を自由に選択できるようにするか、少なくとも従業員が自前で購入した携帯電話を企業のネットワークに相互接続することを認めて、電子メール、セキュリティ、仮想プライベートネットワークをサポートするようになるだろう。
Bottom line デロイトの提言
垂直分離型に対応したベンダーの営業スタイルへ
従業員が個別に自由に情報通信機器を調達するプロセスの普及により、ハードウェア、ソフトウェア、通信ベンダーの伝統的なセールスアプローチが大きく変化するだろう。典型的な法人営業のテクニックは、IT部門に販売するためにデザインされている。しかし、従業員が購入の意思決定者となる時代には、新しい営業スキルを身につけなければならない。
ベンダーの伝統的な手法には、バンドルや抱き合わせ販売(tied selling)がある。また従業員が欲しがっても、ベンダーは競合他社の端末の利用を事実上排除し、IT部門は指定された端末以外の端末を禁止してきた。バンドルによる販売とは、一種のセット販売であり、あるハードウェアを購入した場合、一緒にソフトウェアがついてくる販売方法をいう。抱き合わせ販売とは、必要ではないかもしれない他の製品を買った場合のみ、顧客が本来必要とする製品を提供することをいう。実はバンドルも一種の抱き合わせ販売であり、垂直統合型のビジネスモデルである。今後、こうした垂直統合型の抱き合わせ販売による囲い込みから、アンバンドルによる垂直分離型のオープンな販売手法を開発せざる得ない。
訳注:独占禁止法では、抱き合わせ販売を違法とすることがある。つまり情報通信機器で、私たちが当たり前だと感じているハード、ソフト、サービスのセット販売は違法になることもある。垂直統合と垂直分離は、産業の誕生、発展と成熟のライフサイクルのステージで使い分けるべき方法である。規制機関も誕生したばかりの産業や成長著しい産業に垂直分離を求めることは少ないように思える。たとえば、20世紀初頭に産業集積した米国の自動車産業は、タイヤとゴム園まで持っていたが、産業として成長すると、次々にこれを分離し、系列までも破壊した。米国のテレビ局もかつてはテレビまで製造販売し、現在のインターネットや電子メールに相当する構想まで発表している。しかし、その後放送業界が成長するとテレビ受像機というハードウェアを、放送というソフトウェアから分離した。大型コンピュータもかつてはハードウェアとソフトウェア、周辺機器をバンドルして販売したが、その後アンバンドルした。これは一種の分業であって、分業が産業を成長させることは誰もが知っている。すなわち垂直分離とは分業に他ならない。日本の携帯電話も垂直統合しているが、コンテンツ部分は緩くアンバンドルしているため、日本の携帯は成長したといえる。スマートフォンは、このモデルをいわば模倣し、誤解されることを承知で極論すると電話会社をいわゆるパイプ屋(ネットワークしか持たない事業者)にしようとしていることにある。日本の携帯電話がガラパゴスとなった理由のひとつは、自国の成功要因を正確に分析し、日本のキャリア以外の大規模ベンダーがこれを大きく進化させることができなかったことにある。すなわちキャリアというベンダーを育てた親鳥から分離し、国際的な視点でアプリケーションストアと端末を作り出せなかったことが原因だ。本稿で言及しているトレンドが大きな流れになるならば、これは日本のベンダーやSNSなどの提供者にとっては国際的に成功する圧倒的な事業機会となるはずである。デロイトは革新的な成功に向けたジャンプのためには、大企業の中でその事業で昇進した経営者ではなく、起業して成功した経験を持つ人材に任せることを推奨している。
IT部門の対応
IT部門も今より柔軟にならなければいけないだろう。新技術により異質のIT環境の管理と供給はより簡単なものになったが、同質なITを運用する職場と比べると未だ複雑である。従業員がPCやスマートフォンを個人で選択したとしても、端末に入っているデータのいくつかは企業に帰属し、退職したら消去する必要もある。
従業員の嗜好に応えることは望ましく、従業員のモチベーションにもつながるが、IT部門は従業員の気まぐれな心理に留意しなければならない。従業員は優れた新端末を要求するかもしれないが、端末とソフトウェアの買い替えと解約を減らすプロセスが必要だ。一方、選択肢が多すぎるとIT部門の負担が増大する。
新しいワークスタイルへのベンダーの対応
将来、企業のコンピューティングツールと通信ツールによって、仕事と私生活の境界は消滅する。企業はいつでも仕事に対応して欲しいと望み、従業員は自分の好きなスマートフォンを選択したいと望む。企業は、このような流れをうまく活用してワークスタイルの変容を進めるべきだ。一方ベンダーは、どのような戦略を構築し、このトレンドにのるべきか正念場である。
訳注:将来、企業のコンピューティングツールと通信ツールによって、仕事と私生活の境界は消滅する。このメッセージは、今回、『Technology Predictions 2010』のすべてを翻訳して感じたデロイトの隠れたメッセージのひとつである。デロイトは、PCやスマートフォン、インターネットの進展がワークスタイルの変容を起こすと主張しており、プロシューマー市場がどこに進むか注目してきた。ここ数年、『Thought Leadership シンクライアントは環境問題とセキュリティ改善の切り札となるか』でも紹介したように、二酸化炭素の排出削減のために、在宅勤務は進み、オフィスのワークスペースは圧縮されると考えられている。新しいワークスタイルを生み出す方法として、今後は個々の従業員の好きな端末やソフトウェア購入だけでなく、通信手段やクラウドの利用も自由にできるようになる。そのような時代に向かって、ベンダーや通信事業者は、抜本的な営業戦略の見直しと営業やフィールドのエンジニア、メンテナンス体制のリデザインが求められている。
以上
※本稿は、『Telecommunications Predictions 2010』より抜粋したものです。タイトルをクリックすると、原文掲載ページが開きます。
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