2010.03.08 Thought Leadership リニア型サービスは不滅 |
リニア型サービスとは番組編成に従った番組提供サービスをいう。従来のテレビやラジオは典型的なリニア型サービスである。大多数の視聴者は今でもリニア型サービスで番組を視聴しており、この現実の前では、「放送事業者の絶滅」と叫ぶ予言も迫力を失う。放送業界もスポンサーも改めて王道を使いこなす方法を再検討すべきではないだろうか。
このトピックスは、デロイト トウシュ トーマツの情報・メディア・通信(TMT:Technology, Media and Telecommunications)グループが編集した『Media Predictions 2010』から興味深いテーマを抜粋して翻訳した上で、加筆修正したものである。このトピックスは主に欧米市場の調査にもとづくものである。なお、訳注は訳注者の私見である。
リニア型サービスは今でも主流
リニア型サービスとは聞きなれない言葉だが、放送局の番組編成に従ったテレビやラジオの放送をいう。2010年も映像や音楽といったコンテンツはリニア型サービスが主流だ。パーソナルビデオレコーダー、ペイ・パー・ビュー、オンデマンド型サービス、ポッドキャスト、オンライン音楽配信サービスといったタイムシフト視聴を可能にするテクノロジーが流行しても、視聴者は番組表のスケジュール通りに番組を楽しむと見られる。「番組をいつ見るかを決める主導権は視聴者にシフトする」というメディア評論家の予想に反し、視聴者が何をいつ視聴するのかを決めるのは今も番組スケジュールである。具体的には全テレビ番組の9割以上、音楽コンテンツで8割以上が従来の放送形態で視聴されるだろう。この現実の前では「従来の放送事業者はまもなく絶滅する」というおなじみの予言もその迫力を失う。
訳注:パーソナルビデオレコーダ(PVR:Personal video recorder)とは、映像をハードディスクに記録するビデオレコーダーのことをいう。デジタルビデオレコーダー(Digital video recorder)ともいう。ペイ・パー・ビュー(PPV:Pay per View)とは、番組1本ごとに視聴料を支払うことをいう。
たしかに一部の視聴者は既に放送スケジュールの束縛から離れてコンテンツを楽しんでいる。しかし圧倒的多数の視聴者の視聴スタイルは放送時間に沿っており、リニア型テレビ放送における週平均視聴時間は20~30時間である。この20~30時間という値は大きい。たとえばDVDや、パーソナルビデオレコーダー、オンデマンド型サービスなど、いわゆるノンリニア型の視聴スタイルによる視聴時間の合計は週平均1.5~2時間であり、米国のオンラインでの番組配信の視聴量もリニア型テレビ放送の視聴量の75分の1にすぎない。
音楽についても同様のことがいえる。MP3プレーヤーがこれだけ普及しCDプレーヤーがどこでも見られるようになっても視聴者がラジオに費やす時間は週平均およそ20時間にも及ぶ。2010年、インターネットを通じて多種多様なアプリケーションが利用できる環境が整備され、視聴者層の振る舞いが多様化しても、ラジオ放送による視聴はネット経由の視聴よりも支持を得るとみられる。
訳注:日本のラジオの視聴時間は平成21年度で平日38分・休日25分(週4時間13分)である。日本のラジオの視聴時間が短い理由は通勤が電車によるものだという説があるが、詳細は未調査である。なおテレビの視聴時間は平成21年度で平日3時間49分・休日4時間25分である(出典:「全国個人視聴率調査」(NHK放送文化研究所)より算出)。
慣性の法則が示す本当の世界
なぜ人はスケジュールに沿ったリニア型の視聴を好むのか。リニア型が好まれる主要な要因は気楽に使えることであり、「慣性(inertia)」が効いているからだ。先進的な視聴者やデジタルネイティブにとっていつ何を視聴するか自由に選択できる機能は必須である。だが一般の視聴者は、テレビ番組を米国では週平均35時間、日本では週27時間楽しんでおり、これだけの時間分の番組をいちいち選択することは、面倒だし、その必要はない感じているようだ。
訳注:人の性格、生活習慣や生活水準、企業のバリューチェーン、社内手続きや賃金、そして社会に広く普及した技術や制度などは、簡単には変わらない。デロイトでは、この現象を、「慣性(inertia)」または「モーメンタム(momentum)」と呼んでいる。慣性は、デロイトがTMT業界を語るとき、「断片化」と並んで繰り返し使うキーワードである。インターネットテレビや光ファイバーが普及しない理由も「慣性」が原因だとデロイトは繰り返し強調しており、「慣性」を無視した市場分析や意思決定に警鐘を鳴らし続けている。今回もデロイトは「慣性の法則」で、ペイテレビや音楽配信に対する一般的な評価を批判している。デロイトの「慣性」に相当する概念を、経済学や経営学では、「硬直性(inertia)」または「過剰慣性(excess inertia)」と呼んでいる。デロイトはレトリックや思いつきで「慣性(inertia)」と言っているわけではない。
また池末は、「慣性」が一種の安定均衡と同値であることを数学的に示す研究を進め、一部その理論的な立証に成功した。この数理モデルを「Winner Takes Allモデル(WTAモデルまたは一人勝ちモデル)」と名づけている。
新しいタイプのテレビやラジオが普及すると、一般的に視聴量も増加する。2010年は、インターネットテレビも普及し、新世代のハイ・デフィニションテレビ(HDTV)の買換も進むだろう。この流れに乗ってテレビの視聴量も増加すると思われる。また新興国ではテレビの販売が堅調に推移しており、加えて広告収入の成長を背景にテレビ放送業界の発展もめざましい。このためリニア型視聴優位の情勢は2010年にさらに強まる。
オンデマンド型サービスもリニア型テレビの視聴を増加する要因と考えられる。オンデマンド型サービスの普及は番組の視聴需要全体を増加させ、結果としてリニア型視聴を増加させる。実際オンラインで最も視聴されたコンテンツがテレビ放送でも最高の人気番組となる傾向が確認されている。またオンデマンド型サービスが思ったように使えない、あるいは閉鎖される状況となれば、視聴者はリニア型サービスに戻ってくるだろう。恐らく今年も新たなオンラインビデオサービスが数多く登場するが、そのうちの多くは採算を確保できずに前評判に応えられなかった失敗例のリストに無残な残滓をさらすことになるだろう。また従来無料で提供されてきたノンリニア型サービスが課金を開始すると、視聴者は、課金を始めたノンリニア型サービスから去り、リニア型サービスに戻るので、リニア型視聴量が増加するにちがいない。
視聴時間の調査手法に疑問
「リニア型サービスの断末魔」という見方は、たしかなメディア視聴調査によるものだという反論もあるだろう。そのメディア視聴調査の多くは視聴者の自己申告にもとづくものであり、こうした調査の回答は実際の視聴習慣よりも理想化された姿を反映しやすい。たとえばドキュメンタリーやニュース番組の視聴時間は多めになるであろうし、新しいメディアや端末の利用状況は強調されるが、従来メディアの視聴時間は控えめに見積もられて回答されやすい。通勤中の車中でラジオを聞いている時間が忘れられがちなように、リニア型視聴が見落とされデータから落ちてしまうケースもあることに留意すべきだ。
訳注:このメディア視聴調査は英米の調査にもとづくものであるが、デロイトはその調査の信頼性に疑問を投げかけている。一方視聴率は、長い歴史の中で洗練された信頼できる調査方法である。デロイトでは以前より視聴率とネット特有のCRM的な手法を融合した調査プラットフォームの構築をテレビ局に提言している。デロイトは、このプラットフォームが、テレビ局やラジオ局の優位性を不動なものにする可能性を5年ほど前に示唆した。プラットフォームを握る者はマーケットを支配するからだ。具体的なプラットフォームの姿は『Thought Leadership テレビとインターネットがついに融合』で紹介している。リニア型サービスをインターネットのポータルサイトとして展開することを検討してもよいという意見もあるだろう。例えば、Yahoo!の利用者はすそ野が広いが、こうした利用者は検索よりも表示されているカテゴリを単にクリックしてサーフィンしているのではないだろうか。この利用者の行動に鑑みて、ポータルサイト上で、限られたページで、テレビやラジオを視聴するようにコンテンツを次々に流し続けるという方法は、幅広いユーザーの支持を得るはずだというわけだ。
さらにいえば、往々にしてノンリニア型とリニア型は対等な立場で比較されていない。ノンリニア型視聴を対象としたレポートはリニア型に関するものよりも多い。このためノンリニア型視聴を対象としたレポートは目立ち、ノンリニア型が普及しているようにみえる。しかし、たとえば、視聴時間といった同じ条件で比較をすればその印象は覆されるはずだ。放送は視聴率や視聴者数で評価されるが、オンラインビデオの場合には、ページビューやインプレッション、ユニークビジターやリクエストといった基準が用いられる。商業的な重要性が大きく異なるにも関わらず短時間の映像クリップと番組一本の違いは考慮されない。オンラインユーザーの定義は曖昧であるし、オンライン視聴のカウント方法の定義もまた曖昧だ。
Bottom line デロイトの提言
リニア型サービスは不滅
視聴者は一部の専門家が「タイムテーブルの強権支配」と揶揄するテレビやラジオの状況に憤るどころか、喜んでリニア型のサービスを享受している。起きている時間の4割をテレビやラジオを視聴するために費やしている人々が何億という単位で存在しており、リニア型優勢の時代は2010年どころかその先何年も続くにちがいないのだ。
放送業界も機器メーカーも、「技術革新が新しい選択肢を提供したとしても視聴者は必ずしもそれを採用するわけではない」という当然といえば当然の事実を心に留め置く必要がある。アーリーアダプターと呼ばれる物珍しさに飛びつく一部の層の評価や行動が、必ずしも主流とはならないことを私たちは既に多くの経験から学んできたはずだ。
訳注:アーリーアダプターは、イノベーターの後に出現し、クリティカルマスに至る前の初期市場に属する利用者である。クリティカルマスは、経済学でいう不安定な均衡になっており、クリティカスマスを超えると成長していくが、クリティカスマスに至らない場合は容易に衰退する。すなわちアーリーアダプターがクリティカルマスとなるわけではない。この現象は比較的な簡単な数理モデルで説明できる。ご関心のある方は訳注者までお問い合わせいただきたい。数学に依らない解釈は、社会学者のエベレット・ロジャーズ『イノベーションの普及』(翔泳社)に詳しいが、ジェフリー・ムーア『ライフサイクル イノベーション』(翔泳社)も参考になるだろう。
スポンサーへの提言 リニア型サービスを再評価せよ
広告主もまた、視聴者のメディア接触動向を注意深く読み解く必要がある。リニア型優勢であるならばラジオやテレビ放送を使った広告は一部のアナリストが予想するほど効果を失っているわけではない。過去にもハードディスクに記録するパーソナルビデオレコーダーによる広告スキップや広告無しのオンデマンド型サービスは誇張されて喧伝されてきたことを思い出して欲しい。広告展開を考えるうえで、先々テレビ視聴者は減少するという大方の予想を盲目的に受け入れるべきではない。テレビやラジオは成熟市場だがテレビ放送の視聴という行為が減少しているというはっきりした証拠はないように思える。また多くの新興国市場ではテレビ放送の視聴という行為は減少するどころかむしろ上昇しているとみるべきだ。
タイムテーブルや番組表は利用者を束縛する悪者であると主張することはかまわない。しかし多くの視聴者にとってリニア型サービスは、煩わしさを解消する存在であることに目を向けるべきである。次回の番組の話題や昨日視聴したテレビ・ラジオで見た番組が、私たちの日常生活のおしゃべり、インターネットの日記やブログでの中心的な話題なのだ。
ノンリニアを無視するな
ただし早合点して安心してしまうのは禁物だ。視聴者がほとんどのコンテンツを視聴する際にいちいち選択しなくてもすむことに満足しているからといって、好きなときに視聴できるという選択肢を提供しても顧客は価値を感じず対価も支払わないとみなすべきではない。消費者はときに、新しいガジェットを購入したり、サービスを契約すること自体に、たとえめったに使わないのだとしても、充足感を覚えるという側面を持つ。
訳注:ガジェット (gadget) とは、デジタルカメラや携帯電話、携帯ゲームなどの小型電子デバイスをいう。またはパソコンのデスクトップで動作するアクセサリーソフトウェアやコンテンツをいう。本来、ガジェットは小道具やからくりのある仕掛けを指す。
視聴者にとって新しい選択肢であるノンリニア型サービスを検討することは重要であるが、むやみにその手を広げるのではなく、これを自社の収益とどう結びつけられるかを慎重かつ徹底的に詰めていくことが求められている。そして長い目でみれば、音楽や映像コンテンツも、ノンリニア型でほとんど視聴されるようになっていくことはまちがいない。今はテレビもラジオも、静かに変態を進める時代であり、いずれエマージェンスすなわち羽化して、今はまだ幼いデジタルネイティブが社会の中核で働くようになる頃には、テレビは新たな世界へと飛翔することだろう。
以上
※本稿は、『Media Predictions 2010』より抜粋したものです。タイトルをクリックすると、原文掲載ページが開きます。
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