2010.05.07 Thought Leadership 従量制課金へ移行するモバイルキャリア |
2010年、北米の携帯電話事業者と固定電話事業者はデータ通信の料金プランの定額制を見直し、時間帯やデータサービスの種類によってはデータのトラヒック量に応じた従量制による課金が行われるだろう。こうした定額制と従量制を組み合わせた新しい課金制度の導入は、規制当局も奨励するだろう。事業者によるトラヒックコントロールを行う必要がなくなるので、「ネットの中立性」に関する問題が事実上ほとんど意味を失うからだ。
このトピックスは、デロイト トウシュ トーマツの情報・メディア・通信(TMT:Technology, Media and Telecommunications)グループが編集した『Telecommunications Predictions 2010』から、データ通信の料金体系とネットの中立性に関するテーマを意訳したものである。また、このトピックスは主に欧米市場の調査にもとづくものである。なお、訳注の意見の部分は訳注者の私見である。
定額制から従量制へ
一般的に、加入者獲得を促進するためには定額制がよいと言われており、統計資料もこの仮説を裏付けている。しかし、いったん定額制を採用すると、加入者の激しい反発なしに、定額制を撤回して従量制に戻ることは不可能である。
訳注1:定額制(all you can eat / unmeter):データのトラヒック量や音声の通話時間に無関係なく定額な利用料金を課す課金制度
訳注2:従量制(pay per by used plan/ metered rate:データのトラヒック量に応じた利用料金を課金する制度
訳注3:トラヒック(traffic)とは、通話や一連のデータの通信または通信量の単位。
モバイル市場では、定額制に魅力を感じて、定額制でブロードバンド契約をする消費者は記録的な数にのぼっているが、ネットワークの混雑は激しさを増し、速度が落ちたり、アクセスできないこともある。加入者はこうした現状に不満を口にするが、サービス向上のために出費を増やすつもりはない。かつては携帯電話の利用のピークは午後6時から午後11時だったが、最近では午後7時から午後10時までと5時間から3時間へと2時間短縮し、この時間帯に今まで以上のアクセスが集中している。
一方、一部の超ヘビーユーザーの長時間利用パターンに変化はなく、全容量の25%が1%のユーザーに消費されている。しかし、これまでと違う点は、消費の主役がピアツーピア(P2P)のトラヒックではないことだ。ある調査によると、P2Pの比率は32%から20%に低下しており、いまや新たなトラヒックの主役は、2008年の13%から2009年の28%に上昇した映像・音響のストリーミングである。この傾向の原因はスマートフォンの普及が影響していると思われる。このようにネットワークの混雑の原因は、P2Pというよりは、スマートフォンの普及にある。事業者が高速ブロードバンドを導入すると、利用者はますます大容量のデータ通信を利用するようになる。こうした利用パターンの変化は、ネットワークの容量の問題をさらに深刻にするだろう。
訳注1:スマートフォンのビジネスモデルは、日本で成功した携帯電話のデータ通信のモデルを踏襲している。我が国でも、同様なネットワークの混雑を招いたが、ここで培われたノウハウや知見は、そのまま日本のモバイルテクノロジーの国際的な競争力の強化に流用できると思われる。
訳注2:P2Pや映像データ通信によるネットワークの混雑は、日本では過去の経験である。日本では、すでに数年前から、M2M(machine to machine)によるネットワークの混雑を予想している。M2Mとは、自動販売機とベンダーのコンピュータ、銀行のキャッシュディスペンサーと銀行のコンピュータとの通信などの機械間通信のことをいう。
訳注3:P2P(Peer to Peer、ピアツーピア)。たとえば不特定多数の利用者をつないでお互いにファイルを交換し合うファイル共有ソフトのこと。この他1対1で音声通話やメッセージの送受信を行うインスタントメッセンジャーやインターネット電話をいう。本来、P2Pはネットワーク上の端末間を直接接続し、データを送受信する通信方式やシステムをいう。したがって、パソコン同士を、LANで経由でなく、直接短いケーブルでつないで、ファイル転送すれば、これもP2Pである。
P2Pがネットワーク混雑の原因か?
ところがブロードバンド・プロバイダは「P2Pユーザーは、インターネット・ユーザーを広く代表する存在ではなく、大きなデータを送信したり、やたらと送信して回線を占有してネットワークに支障をきたす回線食い(bandwidth hogs)の海賊である」といったレッテルを貼ってきた。そのためプロバイダは、「海賊であるP2Pユーザーを排除するために、シェーピング(shaping)などの手段を使ってトラヒックをコントロールする権利がある」と主張してきた。
訳注:シェーピングとは、特定のトラヒックに遅延を加えることで、ネットワーク全体のスピードを維持することをいう。トラヒックシェーピングまたはパケットシェーピングともいう。キャリアやISPはトラヒックを次の3つのタイプに分類し、シェーピングしている。
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- センシティブ(Sensitive):VoIP、オンラインゲーム、ビデオ会議、Webブラウジングなど速やかに転送すべきトラヒックで、他のトラヒックよりも優先する。
- アンデザイヤード(Undesired):スパムやワームなど好ましくないトラヒック。SkypeやISPが提供しているストリーミングサービス以外のトラヒックを含めることもある。アンデザイヤードの優先順位は著しく低い。
- ベストエフォート(Best-Effort):センシティブでもアンデザイヤードでもないPeer to Peerプロトコルや電子メールなどのトラヒック。センシティブなトラヒックよりも優先され、アンデザイヤードより優先される。
一方、規制当局(regulator)や消費者団体は、こうしたトラヒックコントロールによる解決策はネットの中立性を損なうと主張してきた。こうしたコントロールは、特定のユーザーの差別につながり、プロバイダが競合他社の安いサービスから利用者を遠ざけ、当該プロバイダが提供しているサービスに利用者を誘導する手段となるからだという。
2009年末、米連邦通信委員会(FCC:Federal Communications Commission)とカナダ・ラジオテレビ電気通信委員会(CRTC:Canadian Radio-television Telecommunications Commission)は、ネットの中立性に関するガイドラインの草案をそれぞれ発表した。その内容を読み比べると驚くほどよく似ている。このガイドラインによると、規有線ブロードバンド・プロバイダがシェーピングする権利を持つことを認めた。FCCは、ワイヤレスについて即座に事業者がシェーピングする権利を適用対象とした。しかしCRTCは、ワイヤレスへのシェーピングには慎重で、「草案はまだワイヤレス・ブロードバンドには適用されないものの、最終的には携帯電話にも同様の規則を適用する予定」とした。重要な点は、どんなシェーピングもユーザーに対する透明性(transparent)を確保し、最後の手段としてのみ使用すべきと主張している点にある。
その一方で、規制当局は、なんとも巧みにも、サービス・プロバイダが利用度に応じた従量制による価格体系に移行できるように、ネットの中立性を根拠に新たな規則を導入すべきだと主張している。カナダの監督当局は、「経済的措置(economic measure)」つまり利用度に応じた従量制による価格体系がネットワークの混雑管理における中心的手段(first line of defense)であるべきだと明確に述べている。米国でも、一部大手事業者の意見は、一部利用者の「異常な利用(inordinate usage)」に対応するためには「価格設定のオプション(pricing option)」しかないとの立場をとっている。こうしたガイドラインの巧みなロジックのおかげで、事業者はネットワークを圧迫するブロードバンドの定額制から従量制課金への移行を利用者に求めやすくなった。
Bottom line デロイトの提言
難しい課金体系の設計と導入
本稿で論じている「定額制」から「従量制」の移行はほんの一歩に過ぎない。最大の課題は、どのような種類の従量制課金が最もトラヒックの混雑緩和と事業者の収益の維持に効果的かという点にある。水道や電気料金に似た料金請求か、それとも他の方法を採用するのか。問題は簡単ではない。通信事業者は、特定の利用者だけでなく、スマーフォン利用者に対しても、時間帯やデータサービスの種類によってはデータのトラヒック量に応じた従量制による課金を行うだろう。すでにインターネットサービスプロバイダ(ISP)は、データ通信の利用について、いくつか上限を設けた階段上の料金サービスを提供している。しかし、利用者の過失でその上限を超えてしまうと、利用者は法外なデータ通信料を事業者に支払うこととなる。これは携帯電話のデータ通信でも同様である。
ベンダの事業機会
そこでハードウェアとソフトウェアのベンダーは、利用者が超過料金の高額請求を避けるために、リアルタイムで自分のデータ通信のトラヒックと通信料金をモニターできるようなハード、ソフトを提供する事業機会がある。低迷している通信機器市場では、これらの企業は大きな成長分野となるだろう。
事業者と端末メーカーの課題
事業者も端末メーカーも、現在の販売戦略を再検討する必要がある。最近のブロードバンド加入者数の伸びは主にデータ通信の無制限利用を売り物にした契約によるもので、従量制への回帰は新しい事業モデルの構築を必要とするうえ、すべてのプロバイダと機器メーカーが協力しなければうまくいかない。
ネットワークの中立性
なお、ネットワークの中立性の議論は、主に北米の問題である。世界の有線、無線プロバイダの多くはすでに利用度に応じた段階価格体系を提供しているため、「定額料金」プランからの移行を促す規制面での奨励策はあまり必要ではないからだ。また、事業者によるトラヒック・シェーピングについても、現在、北米や英国以外では大きな議論になっていないように思われる。
訳注:たしかに日本では事業者によるトラヒック・シェーピングについて大きな議論になっていないように思われる。しかし、ネットワークの中立性については、日本においても、形を変えて何度も議論されている。総務省は平成18年11月15日から特に携帯電話を中心に「ネットワークの中立性に関する懇談会」(座長:林 敏彦現同志社大学教授)で議論を重ねたので、ご参照されたい。ここでの議論が日本のプラットフォーム戦略やクラウド戦略に関する総務省での議論の原点のひとつになっていることを強調しておきたい。なお、総務省の「グローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォース」では「豊かなICT社会実現のための5原則(案)」を発表している。この5原則は、ネットワークの中立性の精神を継承していると思われる原則3点を以下に紹介しておく。
- 全ての国民は、いつでもどこからでも安価なブロードバンドサービスを利用することができる(ユニバーサルアクセスの原則)
- 全ての国民は、多様な事業者により提供される多様なサービスを公平に利用することができる(イコールアクセスの原則)
- 全ての国民は、より豊かで幸福な生活を送るために、あらゆる分野でICTを活用したサービスを利用することができる(コンビニエントアクセスの原則)
一方、米国においては米AT&TがFCCの委員からBellSouthを買収の承認を得るために、GoogleやeBayなどの企業や消費者擁護団体が支持するネットワークの中立性を受け入れることを表明し、米大統領選でも話題になった。2010年、米国では11月に中間選挙、英国では下院の総選挙が5月にあるため、ネットワークの中立性が話題になっていると思われる。本稿ではこうした背景を踏まえていると思われる。
以上
※本稿は、『Telecommunications Predictions 2010』より抜粋したものです。タイトルをクリックすると、原文掲載ページが開きます。
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