2010.06.08 Thought Leadership ソーシャルネットワーク化するモバイルIP電話 |
2010年、モバイルIP電話(携帯電話を使ったVoIP)が、ニッチな立場から離陸し、一般的なサービスになる。モバイルIP電話は通話料金の安さだけでなく、一度に複数の相手と話す一対多数通話(one-to-many calls)やブロードキャスト・ボイスメール(broadcast voice mail)、音声テキスト変換(voice-to-text)など、多彩な機能を揃えることになろう。多機能モバイルIP電話サービスのユーザーは、2010年末までに数千万人に達する。こうしたサービスが広がることで、モバイル音声通話の可能性と役割に対する期待が根本的にトランスフォームし、音声通話の概念を根底から覆す可能性がある。
このトピックスは、デロイト トウシュ トーマツの情報・メディア・通信(TMT:Technology, Media and Telecommunications)グループが編集した『Telecommunications Predictions 2010』から、モバイルIP電話サービスに関する予測と提言を意訳したものである。また、このトピックスは主に欧米市場の調査にもとづくものである。なお、訳注は翻訳者の私見である。
モバイルIP電話とは
モバイルIP電話は、この10年間に3GとWiFiのおかげで、技術的に実現したサービスである。これまでモバイルIP電話は、主に国際通話向けの低コスト・サービスとして販売されてきた。IP電話は、従来の電話網とは無関係にIPネットワーク上で音声を通話先に送る。つまり電話をかける側が機器とデータ・プランに必要な料金さえ支払えば、ネットワークが固定・モバイルには関係なく、IP電話を使った通話の限界費用(marginal cost)はゼロとなる。
訳注:WiFi(Wireless fidelity)とは、無線LANの標準規格のひとつ。IEEE 802.11シリーズ(IEEE 802.11a/IEEE 802.11b)を利用した無線による機器間の相 互接続性の標準で、Wi-Fiを使った機器はWi-Fiロゴの使用が許可される。
訳注:通信料金の料金は、端末代金・工事費などの初期費用、基本料など定期的に固定的に発生する料金、通話時間やトラヒック料で変動する料金がある。このうち通話時間やトラヒック料で変動する料金を限界費用という。それ以外の費用を固定費用という。つまりモバイルIP電話は初期費用と固定費用のみかかり、あとは電話はかけ放題である。なお限界費用とは、管理会計の変動費に相当する経済学の用語である。
モバイルIP電話の悲観論
一部の市場でIP電話での3Gの制限が課されていることや、WiFi対応電話機の価格が相対的に高いこと、従来型の携帯電話端末の価格が下落しているため、モバイルIP電話の収益は伸び悩み、2009年の売上高は推定で5,000万~1億ドルにとどまっている。したがってモバイルIP電話は普及しないという意見もある。
モバイルIP電話の楽観論
しかし多くのアナリストは、3年以内に世界のモバイルIP電話市場は300億ドルを超えると予測し、その成長を牽引を2つの根拠をあげている。第一に、WiFi対応携帯電話が普及し、WiFiがモバイルIP電話の機能を活用するうえで望ましい方式として広く浸透するからだ。その結果WiFi対応電話機の出荷台数は2010年に2億台を超える見通しだという。第二に、公衆無線LANのホットスポットは、2010年には25万カ所を数えるからだという。
従来のサービスの延長にあるもの
多機能モバイルIP電話が普及するというデロイトの見解は、多機能モバイルIP電話によるコミュニケーションのパターンのトランスフォームにある。モバイルIP電話は、同時通報つまり「一対一の交流よりも複数の友人へのブロードキャスト」を好む最近の傾向をうまく活かすことができる。電子メール利用の拡大と最近のソーシャルネットワークの広がりから、多数の人と同時に交流したいというニーズが高まっている。携帯電話にせよ固定電話にせよ、音声ではすぐにはこの機能を提供できない。しかしモバイルIP電話なら、この技術の実装も運用も容易である。これ以外にも多機能モバイルIP電話は、消費者が慣れ親しんできたさまざまな機能を提供することができる。たとえばウェブメール・サービスは自由に保存や検索ができるが、音声テキスト交換機能を搭載したモバイルIP電話も同じことが可能になるだろう。
訳注:ここからの論点が本稿で最も主張したい点となる。携帯電話を活用したソーシャルネットワークサービスは日本では当たり前になっている。しかし、この論点を「日本では当たり前だ」と思わない方がよい。欧米では、日本型モデルを携帯市場の成功をよく研究している。その成果のひとつが米国生まれのスマートフォンである。同じような新しいサービスのフレームワークが米国を中心に広がり、日本に逆上陸するのではないか。しがらみの多い日本のサプライサイドや投資家は、こうした外来種の活動に無防備である。今こそ、ガラパゴスと揶揄される日本の携帯市場の成功の理由を洗い直し、ビジネスモデルをトランスフォームさせる時期にきている。これを牽引するのはB2B2C型の仮想移動体通信事業者(MVNO:Mobile Vertial Network Operator)として活動するモバイルクラウドのプロバイダーだと思われる。MVNOとは、携帯電話等の無線通信インフラを借り受けてサービスを提供する事業者をいう。
新しいサービス
モバイルIP電話には新しいサービスも期待できる。メッセージを保存、検索、画像変換、転写、転換したり、複数のグループや個人にブロードキャストしたりできるボイスメール保存システムが考えられる。また、送信者があらゆるテキストメッセージや画像メッセージ、ボイスメール、通話記録の目録を作ることも可能だろう。電話がかかってきたら、着信画面にその人の名前や電話番号だけでなく、位置や動作状態、最新情報を表示することもできる。高性能通話をより高い料金で提供できるかもしれない。「音声テキスト変換」などサービスの一部の品質は、2010年中は不安定とみられるが、中期的には徐々に改善していくはずである。利用できるサービスの数と種類も着実に増えていくとみられる。
多機能モバイルIP電話の課題
多機能モバイルIP電話には課題もある。一部の事業者とサービス・プロバイダは普及に努めるとみられるが、制限や禁止に動くキャリアもありそうだ。また、WiFi利用の音声の質は、改善しているとはいえ不安定である。WiFiの受信範囲はユビキタスには程遠く、WiFiと従来の携帯電話のネットワークの方式であるセルラーのハンドオフ(hand-offs)は問題が多い。これ以外にも先入観の問題がある。初期のWiFi対応電話機はバッテリー寿命が短かったため、一部のユーザーがWiFiの電力消費に悪い印象を持っている可能性がある。
訳注:ハンドオフとは、移動体通信において、携帯電話と通信する基地局の切り替えをいう。携帯電話はセルラー方式を採用している。セルラー方式では、加入者が電話をするとセル(一定の区画)にある基地局が携帯電話とまず通信し、加入者が電話しながらセル間を移動すると、最初の基地局の電波が携帯電話に届かなくなる前に、次のセルの基地局へ通信先を切り替える方式をいう。この結果、セルラー方式では通話が途切れることがなく、継続して通話できる移動体通信を実現する。ハンドオフはハンドオーバーともいう。本稿では、WiFiとセルラーの間では、切り替えがうまくいかないと述べている。なおスムースなハンドオフを実現するネットワーク環境を、シームレスネットワークと呼ぶが、わが国ではこの研究も先端的である。
Bottom line デロイトの提言
モバイルIP電話のリスク
モバイルIP電話がWiFi経由になれば、音声通話の無料化が進み、セルラー網の需要が減少する。また「発信側支払い(calling party pays regime)」制度のある市場では中小事業者向けの「ターミネーションチャージ(termination charges)」も下落している。
訳注:ターミネーションチャージは、携帯電話事業者が他社のネットワークからの接続したときに課すいわゆる接続料を指す。2007年、英のメディア通信業界の監督機関Ofcomは2011年までに携帯電話の接続料を引き下げると発表した。同計画に対し、競争控訴裁判所(CAT)は2009年4月、引き下げが不十分だと判断し、4月から新たな接続料を適用すべきとした。このように携帯の接続料には、引き下げ圧力があるということを前提に本文が書かれている。なお一般的に、着信者が料金を負担する場合には、接続料の規制は不要であると言われている。したがって、ここでは発信側支払いに限定した議論をしている。
カニバリズム
モバイルIP電話のアプリケーション開発に携わる異業種企業は、必ずしも7,000億ドルのモバイル音声市場に食い込もうとしているわけではない。むしろ異業種企業は、例えば販売奨励金や無料通話を前面に打ち出して、広告メッセージを流せる端末を購入させるのが狙いなのだ。こうしたやり方は機器業界や広告業界の支援材料になるが、一方でモバイル音声市場の価値に深刻な影響を及ぼす。
訳注:ここでの議論は、以前からわが国でもかわされているが、いよいよ現実を帯びてきたといえよう。
従量制課金への移行の可能性
モバイルIP電話が事業者の収益低下につながれば、既存ネットワークのメンテナンスに充当できる投資も落ち込み、ひいては次世代通信基盤の構築に振り向ける資金も不足する。その不足を穴埋めするために、キャリアは従量制課金に移行し、この結果、利用者のデータ・アクセスの利用料が上昇するだろう。
マーケット・ディスラプターの脅威
多機能モバイルIP電話の推進には従来からの事業者も参入している。たとえば混雑しているセルラー通信網からトラヒックを他に誘導したいモバイル・プロバイダや、ビジュアル・モバイル・サービス形態での提供を検討している独立系の固定電話事業者などが考えられる。さらには収益源の多角化を進めているハイテク企業など、市場に変化の波をもたらしてきた存在、いわゆる破壊的革新を進める「マーケット・ディスラプター(market disruptors)」も含まれるだろう。
訳注:マーケット・ディスラプター(market disruptors)とは破壊的革新(disruptive innovation)を進めるプレイヤをいう。破壊的革新とは、パソコンのようにローエンド市場で発生して既存市場を破壊して新しい市場を創造したり、インターネットのように新規市場で発生して産業構造そのものを破壊して、新しい産業を創造し、また全産業を根本から改革する現象をいう。また破壊的革新を引き起こすテクノロジーを破壊的テクノロジー(disruptive technology)と呼ぶ。破壊的テクノロジーは、クレイトン・M・クリステンセン(Clayton M. Christensen)とジョゼフ・バウアー(Joseph Bower)は「Disruptive Technologies: Catching the Wave」(1995年)で発表した。その後、クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』1997年(翔泳社)で破壊的革新について論じた。また破壊的革新を実現する方法は『イノベーションの解』(翔泳社)に詳しい。『イノベーションの解』の共著者はデロイトのTMTグループのマイケル・レイナーである。 マイケル・レイナーはデロイトTMTグループが発行している『Thought Leadership 百年目の嵐』で通信会社の破壊的革新について論じている。破壊的革新は、破壊的革新を生み出すことに全力を尽くし、成功した者そして失敗した者双方から強い共感を得るモデルであったために、広く支持されたと思われる。
コミュニティーハブを創造する
Facebookなどのポータルは、スマートフォンに載せる自社ウェブサイトの利用を促進するため、モバイルIP電話のアプリケーションを推進するとみられる。それが自社サイトの訪問者数を常に増やし、根強いファンが集うコミュニケーション・ハブを作ることにもつながるからだ。
訳注:米国のネットワーク外部性の生みの親であるジェフリー・ロルフスはその著書『バンドワゴンに乗れ』(NTT出版)で、「ネットワークの外部性が生きる市場では、サプライサイドとデマンドサイドの双方のコミュニティが存在する」と論じている。ネットワークの外部性とは、電話のように加入者が多いほど価値が高まるサービスをいう。ロスフスの数理モデルによれば、デマンドサイドのコミュニティはクリティカルマスを生み出すためには必須である。一方、スモールワールドネットワークと呼ばれる理論によれば、コミュニティが閉じているとネットワークは広範囲に広がらず、異なるコミュニティのメンバー同士が相互につながるとネットワークが広範囲に広がるという。このイメージを理解したい方は、米国の数学者で社会学者でもあるネットワーク理論にブレイクスルーをもたらしたダンカン・ワッツの著書『スモールワールドネットワーク』(阪急コミュニケーション)を参照するとよい。本書では、米国の生化学者でSF作家のアイザック・アシモフのファウンデーション・シリーズ『鋼鉄都市』と『はだかの太陽』を引用しつつ、異なるコミュニティのメンバーのつながりがネットワークの広がりを生むことを描き出している。
以上
※本稿は、『Telecommunications Predictions 2010』より抜粋したものです。タイトルをクリックすると、原文掲載ページが開きます。
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