2011.07.12 鉄道運輸業で懸念されるリスクとその背景-業種別リスクマネジメントサーベイ結果の考察 |
1.はじめに
有限責任監査法人トーマツのリスクマネジメント等の調査・研究を行っているトーマツ企業リスク研究所は、業種別リスクマネジメントサーベイとして、鉄道運輸業を営む企業(計5社)に対し、重要と考えるリスクの調査を行った。
本稿では、鉄道運輸業を営む企業が重要と認識しているリスクを紹介するとともに、各社が「重要リスク」を認識した背景(業界の特性や業界の置かれている環境等)を考察する。最後に、東日本大震災後のリスクマネジメントについても言及している。なお、本文中の見解にかかわる部分は、いずれも筆者の私見であることをあらかじめお断りしておく。
2.鉄道運輸業で懸念されるリスクとその背景
リスクマネジメントサーベイの結果、鉄道運輸業界で懸念されるリスク(上位3位)とその内容は、以下【表1】ようにまとめることができる。
各社が「重要リスク」として認識しているリスクには、鉄道運輸業の特性や業界をとりまく環境が反映されており、特に事業に影響の大きい「外部要因に関するリスク」が多くあげられた。
【表1】鉄道運輸業で懸念されるリスク

これらのリスクが上位に挙げられた背景についての考察は以下のとおりである。
(1)外部要因に関するリスクの背景
鉄道運輸業では、外部要因として、「天災、人災等」、「少子高齢化・人口の減少」、「事業関連法制及び税制の変更リスク」が多くの会社で重要と考えられていた。
鉄道運輸業は、運輸サービスという社会インフラを提供するという特性から、自社に起因しないリスクであっても適切なリスク対応を行い継続的なサービスを提供することが求められる。規模の大小はあるものの、各社とも地震や風水害等による鉄道サービス等の一時的な停止は経験をしていることから「天災・人災等」を多くの会社でリスクとして認識していたと考えられる。
また、少子高齢化により沿線人口が減少する場合、輸送人員の減少等により事業規模が縮小する可能性があるため、「少子高齢化・人口の減少」をリスクとして認識している会社が多かったものと推察される。
「事業関連法制及び税制の変更リスク」については、例えばタクシー事業等の規制緩和に伴う参入障壁が小さくなることにより新規参入業者が増加が懸念されることや、法制等における安全基準や環境基準等の要求水準が上がることで追加的なコスト負担になる可能性があるため、リスクとして認識している会社が多いものと考えられる。
(2)鉄道サービス等の提供に関するリスクの背景
乗客に安全な運輸サービスを提供することは、鉄道運輸業を営む全ての企業において最優先事項とされている。また、法的要求の側面においても、平成18年10月に鉄道運輸事業法等が改正により、鉄道運輸業者には安全管理規程の制定や安全統括管理者の選定が義務付けられ、安全な運輸サービスの提供に対する社会的な要請が高まっている。 さらに、過去に発生した鉄道事故を鑑みても、安全対策の不備により事故が発生した場合には、損害賠償、訴訟対応、行政対応、信用の低下など鉄道運輸業者の事業に深刻な影響を与えることとなっている。これらの背景から、各社とも安全対策(運行)が適切に行えないリスクを認識しているものと考えられる。
また、鉄道運輸業を営む会社は、食品を扱う流通業を行う子会社(百貨店、チェーンストア等)を持つケースが多い。これらの子会社は、連結売上や利益に占める割合が大きい傾向にあることから、多くの会社で「食品の安全」に関するリスクの重要性が認識されているものと推察される。
(3)情報の管理に関するリスクの背景
鉄道運輸業では、事業の特性上、定期券やIC乗車券等の個人情報を大量に保有している。また、鉄道運輸業を営む会社は、自社ブランドのクレジットカード事業を行っているケースが多く、クレジットカードナンバー等の機密情報を保有している。加えて、流通業を営む子会社(百貨店、チェーンストア等)やホテル経営を行う子会社では、CRM(Customer Relationship Management)として、氏名や住所だけでなく購買履歴等の個人情報も保有しているケースが多い。鉄道運輸業は、企業グループ全体で見た場合、きわめて多くの個人情報を保有している傾向にある。
これらの背景から、各社とも情報の管理に関するリスクの重要性を認識しているものと考えられる。
3.東日本大震災後のリスクマネジメント
本調査は、2011年3月11日に発生した東日本大震災の前に行われたものである。
今回の震災をきっかけとして、各企業のリスク認識は大きく変わる可能性がある。今後、各企業が、地震、電力不足、物流の途絶などに着目したリスク対策に取り組まれることが予想される。
企業を取り巻くリスクは日々大きく変化している。運輸サービスという社会インフラを提供し続けなければならない鉄道運輸業にとって、今回のような地震や津波などの災害はもちろん重大なリスクである。しかし、事業の継続を妨げるリスクはこれだけではない。テロやパンデミック等のリスクにも同様に備える必要がある。今後は、たとえ「想定外のリスク」であっても対応できる柔軟性が求められるだろう。
一方で、少子高齢化・人口の減少による業績が悪化するリスクにも対処しなければならない。その対策として、アジア圏からの旅行者を自社の路線・施設に招き入れる「インバウンド戦略」に取り組み始めている企業もある。
これらのリスクの変化に対応できなければ、企業の競争力は急速に失われていくであろう。その意味で、リスクマネジメントは、企業経営においてこれまで以上に重要な要素となることは間違いない。リスクの識別は企業にとって、リスクマネジメントの出発点である。本稿及び業種別リスクマネジメントサーベイ結果がその一助となれば幸いである。
■リスクマネジメントサーベイレポート
他業種および調査結果の詳細についてはPDFファイルをご覧ください。
■関連記事
業種別リスクマネジメントサーベイ結果 (2011年4月)
■参考文献
『図解ひとめでわかるリスクマネジメント』 仁木一彦著 東洋経済新報社
