2007.06.10 M&A 成功企業に見る「成立」と「成功」のあいだ |
「成立」と「成功」
M&A隆盛時代の企業経営においてこのふたつは分けて捉えなくてはいけません。では、「成立」と「成功」とはどう違うのか。「成立」とは、M&Aの交渉段階を無事終え、法的手続きが終了して新会社として立ち上がり、実体としての会社ができる、もしくは買収してグループ会社という位置づけでスタートすることです。一方、「成功」とは、本来の目的が達成でき、かつさまざまなステークホルダーの評価が得られることです。そもそもM&Aの本来の目的、企業の戦略上の目的が本当に達成できたのか。そして株主、金融機関、顧客、ときには従業員も含めて、ステークホルダーの評価、客観的な評価が得られたか。この二つが達成された状態にあることを「成功」と捉えています。
デロイト トーマツ コンサルティング株式会社で実施したM&A動向調査の結果をご紹介しながら、この「成立」と「成功」のあいだを探っていきましょう。
この調査では、実際にM&Aを経験した企業を対象にしたため、すべての企業が「成立」を経験しているわけですが、「成功したかどうか」という主観的な評価をうかがったところ、その割合は決して高くはありませんでした。目標達成度を10段階で自己評価してもらった結果、8以上の回答は全体の27%、3割弱にとどまったのです。すなわち、7以下が7割方を占めています。企業経営における合格点を8以上と捉えると、M&Aには課題が多いということがいえるでしょう。
続いて、どのようなステークホルダーを最も意識すべきかという点です。一つは当然のことながら株主重視です。半分近くの企業が、株主をステークホルダーとして最重要視しています。しかし、その次に重要視するのは顧客なのか、従業員なのか。ここで非常に興味深い傾向が出ました。前述の目標達成度が8以上の会社を「成功企業」、4以下の会社を「非成功企業」、真ん中を「普通企業」と三つのカテゴリーに分けて見たところ、「成功企業」が顧客を意識する割合が高い一方で、「非成功企業」は従業員を意識する割合が高くなりました。つまり、顧客を重視することは、成功の重要な要件という仮説が成り立ちます。その反面、非成功企業ほどいわば内側志向で、従業員を重要視しているというわけです。
次に「成功」のものさしは何か。M&Aの成果をどういうものさし、指標で測っていくのか。ここ2、3年は株価時価総額に対する着目度が高かったわけですが、この調査では利益や売上高といった損益計算書の指標を重要視すべきであるという回答が多くありました。いわば「事業力」そのものがM&Aによって高まったかどうか、ということです。一般的な資本市場の評価も重要ですが、それ以上にM&Aをする側にとっては、M&Aによって事業力がどれだけ高まったかが優先される指標ということになるでしょう。
とはいえ、損益計算書だけを見ていればいいというわけではなく、「成功企業」ほど、いろいろなものさしで見ていることがわかります。利益、売上高、売上高利益率などの損益計算書系の指標志向は全体の傾向で、最も多いのは利益となっていますが、キャッシュ・フローと非財務指標においては、成功企業ほどものさしとしてあげている割合が高いのが特徴です。
四つ目のポイントは、成否評価のタイミングです。最初の評価タイミングは、1年後が全体の4割強を占め、それに続くのが半年後です。1年以内という観点で見ると7割近くになるわけです。M&Aの成果を見る時間軸は、会社によって異なるものの、少なくとも1年以内に何らかの評価を下して、そこで自分たちなりの改善のポイントを見極めていくことが重要だということでしょう。
さらに、評価タイミングを成功企業と非成功企業で比較すると、成功企業は1年以内が7割、非成功企業は55%で、相対的に比率が下がります。実は、非成功企業の中で最も多い回答が3年後というもので、3年以上が45%に上ります。
このことから、成功企業ほど、評価のタイミングが短期化している、裏返せば、非成功企業は悠長に構える傾向があると見て取れます。つまり、成功のためには、評価のタイミングは1年をめどにしながら、なるべく早いタイミングで最初の評価を行い、そこで打ち手を見直していくことが重要だと考えられるでしょう。
一方で、M&Aといっても、打ち解けるまでには時間がかかるから、統合作業は徐々にやっていったほうがいい、結果は2~3年後に出るものだから徐々にやりましょうという議論をよく耳にします。ところが1年、2年経つと、現業で忙しくなり、統合作業はどこかへ忘れてしまう。つまり統合しきれずに、同じ状態のまま月日だけが経っていくというのが実はよくあるパターンで、最悪のシナリオです。それを避けるためにも、統合作業はすべてプログラム化して、少なくとも1年以内に何らかの結果を出していく。つまり「成功」においてはスピードが重要なポイントになってくるのです。
五つ目に、具体的にM&Aのプロセスに着目しながら、成否を分けるポイントを見ていきます。M&Aの前、ディール、後という一連のプロセスを念頭に置いたときに、成功のための重要なポイントは何でしょうか。重要とされたのは、自社の戦略に合致したターゲット先の選定、次がアフターM&A、経営トップのリーダーシップの発揮という結果になりました。M&Aというと、ディールの巧拙、交渉の是非が論じられやすいのですが、「成立」いわばディールに絡んだ部分以上に、その前とその後の部分、もしくはそこにまつわる一連のリーダーシップが重要だという回答が多く寄せられたというわけです。
次に実務フェーズで切って質問したところ、戦略立案→ターゲット選定→スキーム立案→バリュエーション→デューデリジェンス→アフターM&AというM&Aの基本プロセスの中での最も重要な実務は、戦略立案で、次にターゲット選定、といったM&A戦略実務があがりました。一方で、アフターM&Aは「2番目に重要」な実務として最も回答が多かったという結果です。
これらを踏まえると、M&Aのプロセスで「成立」が重要なのはさることながら、「入口=戦略立案」と「出口=アフターM&A」こそが、「成立」で終わるか、「成功」に導けるかを分ける重要なポイントということになるでしょう。
六つ目に、重要な概念として語られることが多いシナジーに関するテーマに触れておきます。戦略の中で特にどこが重要かという設問に対して、その一つとしてシナジー効果をどう予見するかという点があげられました。実は、シナジー効果というのは入口の議論だけではなく、戦略立案、価格決定、企業価値評価、デューデリジェンス、アフターM&Aなどすべてのフェーズについてまわる概念なのです。シナジーをあらかじめ予見し、最終的に実現させるまでのトータルの取り組みなくして、M&Aは「成功」に導けないとさえいえるのです。
さらに、成功企業と非成功企業の比較として興味深いのは、成功企業ほど売上成長の可能性やシナジー効果、アフターM&Aに向けた課題の抽出といったところを含めて、すべて重要だとしており、多面的に見ているのが大きな特徴です。
では実際に企業の中では、シナジー効果についてどのくらい検討されているのでしょうか。
成功企業では、経営陣と経営企画部もしくは事業開発部の一部の現場のスタッフで定性・定量の両面でシナジーを検討しています。反面、ほとんど検討していないという割合が、普通企業から非成功企業へいけばいくほど高くなります。シナジー効果に対する取り組みの差が、成功か、非成功かを分ける要素になっていると読み取れます。
ところで、よく受ける質問に、シナジー効果はそもそもどういうふうにとらえればいいのか、どのような方法で定量化をしていけばいいのか、というものがあります。
この問いに対しては、規模の経済と範囲の経済、この二つのメカニズムでシナジーを説明しています。規模の経済というのは、量が拡大することによって1単位当たりの固定費が下がるという原理で、スケールメリットともいいます。範囲の経済というのは、取引の量ではなく種類、バラエティが広がることによって、単位当たりの変動費が削減していく効果です。M&Aという一つのイベントをトリガーにして、どういうふうに規模の経済と範囲の経済のメカニズムを働かせて、相乗効果を出していくのか。これがシナジー効果の二つのメカニズムです。
規模の経済はわかりやすいでしょう。生産面や物流・仕入面で、取引量が多くなることによって、仕入原価を下げられる、条件を改善できる、当然ながら生産効率も高まります。
範囲の経済に関しては、営業やマーケティングで俗にいうクロスセリングです。A社とB社が合併して、A社の営業マンが取引先に行って、B社の商材も含めた製品ラインナップを開示しながら売り込んでいく。A社の営業マン1人にかかる販促費が変わらないとすれば、製品1単位当たりの販促費、変動費は下がります。あるいは共同プロモーション、両社共同の広告をすることによって、広告宣伝費を下げることができる。これが範囲の経済の一つの例です。このメカニズムがシナジー効果を考えていくうえで、重要だと考えています。
また、シナジー効果の定量化は、M&Aの戦略立案からアフターM&Aまですべてのプロセスにおいて検討するべきものと考えるべきです。あえていうならば、日本企業のM&Aの中で最も欠けているものの一つは、ポストM&Aにおけるシナジー効果の分析です。
M&Aでは、ターゲット選定でシナジーがあるところを選ぶのは当然です。ディールの中で、のれん代をどうするのかという議論では、誰でもシナジーを考えます。しかしディールが成立したあと、その当時出したシナジーに誰が責任を持って、実際の部門目標として掲げ、予算をつけて実行しているのかとなると、急にトーンダウンしてしまいます。それがポストM&Aの中で、思ったほどの成果を得られない、もしくはスピードが加速できない大きな要因ではないかと見ています。
二つ目は、ポストM&Aの中でのシナジーの定量化です。シナジー効果を実現するためにはDay 1の段階でシナジーの定量化をしっかりやって、経営の目標化ができるかどうかが最大の分かれ目です。Day 1の段階で経営の目標として、たとえばビジョンとして、もしくは中期計画の数値目標として数字が掲げられているか。もっと言うならば、各部門、各事業、各ドメインごとに数字が算定されていて、部門目標までブレークダウンされているか。こういう状態をDay 1の段階でつくれるかどうかが、ポストM&Aの成否を分けていく重要なターニングポイントだと思っています。
最後に、アフターM&A、すなわち出口について触れておきます。
ディールは機密性が高く、限られたステークホルダーの中で行われます。ところがアフターM&Aの世界はステークホルダーが一気に広がります。ここをどうマネージするかがアフターM&Aで重要な要素です。
基本合意以降のアフターM&Aにおける「成功」は、一気にステークホルダーが広がって、その評価を得ていくという工程に移ります。これがアフターM&Aの難しいところです。
このアフターM&A、ポストM&Aにおける重要な実務として、最も多くあげられたのがビジョン・戦略の統合です。これに、組織・ガバナンスの統合、風土の統合が続きます。
重要というより、この三つは必須といい換えてもいいでしょう。
まずビジョン・戦略の統合の中で特に重要な要素は中期計画です。統合後、どうやって中期計画をつくっていくのか、これで成否に差が出てきます。成功企業では両方の経営計画を見直したところが最も多い反面、非成功企業で多いのは単純に合体しただけか、もしくは何もしなかったというものです。合併すれば、結果的に両方を見直すことになりますが、吸収合併の場合、相手だけ見直せばいい、合算すればいいという発想も現場では多いのが実態です。しかし、戦略の統合においては、双方の計画に踏み込んで再策定していくことが重要で、単純な合算や、何もしないのでは効果は期待できません。
次に組織・ガバナンスの統合です。ここでも、成功している案件ほど、組織・ガバナンスの統合に手を入れています。買収後、単に人だけ送ればいい、もしくはルールだけ変えればいいということではなく、構造に踏み込んだり、ルールを変えたり、権限を改めて明確にしたりすることも含めての作業が成功の重要な要件となります。
最後は、風土・文化の融合に向けて取り組んだ施策で、最も効果があったという回答を得たのは経営理念の共有で、人材の交流がこれに続きます。
経営理念の共有というのは一見当たり前に見えますが、違うカルチャー同士で、なぜ自分たちが一つのグループになったのかを共通の価値観として認識することです。また人材の交流の機会を増やしたり、物理的にコミュニケーションしなければならない環境をつくることも、交わっていくうえでは重要な施策です。
さらに、組織図を変えたり、人事制度を一本化したり、インフラを整えるといったハード面の統合も一定以上の効果があることが明確になっています。こうしたハードの部分と、経営理念や人材交流というソフトの部分を組み合わせながらやっていくことが、文化の融合において重要なアプローチというわけです。
以上のように、デロイトトーマツコンサルティングで行った調査結果をもとに、「成立」を超え、「成功」に導くポイントは何なのか、についてさまざまな観点からとりあげました。いずれにしても、M&Aが成長のための一オプションとして一般化したこれからにおいては、「成立」で安心することなく、「成功」に向けた取組み、すなわち「成立」と「成功」のあいだを埋める多くの作業がますます求められていくことは間違いないといえるでしょう。
以上

